それから一週間、二人はそれぞれ忙しい毎日を送っていた。
美月は、彫金教室のミキ先生が新刊に載せる作品作りに忙しいので、
ミキ先生が担当している教室の講師を引き受ける事になった。
海斗からの返信メールは翌日の朝見た。
美月が送った写真をお守りにすると言ってくれたので、とても嬉しかった。
しかしそのメールには返事を送らなかった。
相手は多忙を極める超有名人だ。
自分みたいな平凡な人間が気安くメールのやり取りなんてしてはいけない。
美月はそう思ったので、返信はしなかった。
そしてあの出来事は良い思い出にする事にした。
一方、海斗も超多忙な日々だった。
打ち合わせや取材、写真撮影等を次々とこなし、空いた時間はすべて新曲づくりに当てる。
秋のライブの為に書いている新曲は新しいアルバムとして発売する事が決定しているので、
全部の曲が仕上がれば、今度はレコーディングが控えている。
だから遊んでいる暇はなかった。
しかしそんな忙しい日々の中で、海斗は美月からのメールが来ない事に少し寂しさを覚えていた。
本当は美月ともっと話がしたかった。
食事でもしながら、少しでも美月の事を知りたいと思っていた。
けれど今は時間がない。
海斗はもどかしい気持ちを抑えながら、今はただ目の前にある仕事を淡々とこなす事に集中していた。
さらに一週間が過ぎた。
やっと待ちに待った休日、美月は元気に飛び起きた。
ここ最近忙しかったので家の中はぐちゃぐちゃだ。
今日は天気も良いので、美月は朝食を終えると、早速たまっていた家事に取り掛かった。
美月の家は築10年の小さなアパートだった。
早は1DKとかなり狭い。
この辺りは地価が高いので、小綺麗なマンションを借りるとなると結構家賃がかかる。
だから、家賃にあまり予算をかけたくなかった美月は、迷わずこのアパートを選んだ。
美月は銀行員だったので、昔から家計管理はきっちりしていた。
離婚してからはさらに無駄遣いをしなくなった。
これから一人で生きていく事を考えれば貯金は必須だ。
だから、家賃にお金をかけるくらいなら貯金に回したい…そう思っていた。
その代わり、古くて狭いアパートでも快適に暮らせるよう色々工夫をしていた。
元々インテリアや模様替えが好きだったので、今は楽しみながら手を加えている。
キッチンカウンターに憧れがあったが、このアパートにそんな洒落た物はない。
だから、ボックス家具を二つ並べてその上に天板を渡し自分でカウンターを作った。
カーテンにも一工夫した。
美月は窓から差し込む柔らかい光が好きだったので、カーテン代わりにあえてインド綿を使った。
そのインド綿から差し込む光を毎朝見ていると、心が和み癒されるから不思議だ。
美月にとってこのアパートは、離婚してやっと手に入れた安住の地だ。
どんなに古くても狭くても、そこは自分にとってかけがえのない『城』であることに変わりはない。
正午少し前、美月は漸く家事を終えた。
そして冷蔵庫の中をチェックする。
ここ最近買い物をしていないので、冷蔵庫は空に近かった。
(買い物に行かなくちゃ!)
美月はエコバッグを手にして、すぐにアパートを出た。
今日はいつも寄る駅前のスーパーではなく、反対側の大型スーパーへ行く事にした。
大型スーパーの方が値段も安いし品ぞろえも豊富だ。
青空の下気分良く歩いていると、右手に高層階の高級マンションが見えて来た。
いつもは気にせず素通りする場所だったが、この時の美月はこう思う。
(もしかして、彼の住まいはここ?)
同じ町内で芸能人が住むような高級マンションと言えば、ここしか思いつかない。
おそらく20階建てくらいだろう。
マンションのエントランスはとても広く車を停められるスペースもある。
そしてマンションの雰囲気も洗練されていてとてもお洒落だ。
このマンションには地下駐車場も備えられており、エントランスの向こう側に入口がある。
美月は思わず立ち止まって上を見上げた。
(こんな所に住んでいるなんて…やっぱりすごい人なんだなぁ)
そんな事を思いながら、再び歩き始める。
その時、マンションのエントランスから人が出てくる気配がした。
しかし美月は気にせずそのまま進んで行く。
その時、美月を呼ぶ声が聞こえた。
「美月さん?」
声の方を振り向くと、そこにはメタルフレームの眼鏡をかけた海斗が立っていた。
海斗はジーンズにTシャツというラフなスタイルをしていた。
「あ! こんにちは」
「偶然だね。この前は写真をありがとう」
「いえ…こちらがお住まいだったのですね」
「うん、そうだよ。美月さんの家はどの辺り?」
「150メートルくらい先の小さなアパートです」
それを聞いた海斗は驚いた様子で、
「本当に近くだね」
と言って笑った。
「今からお買い物?」
美月のエコバッグに気付いた海斗が言った。
「はい、今週忙しかったので冷蔵庫がからっぽでした」
「俺も今週忙しかったから冷蔵庫がからっぽでコンビニでも行こうかなと思ってたんだ。同じだね」
思わず二人は微笑み合う。
「今日は休み?」
「はい」
「じゃあ一緒にランチしない? この間の写真のお礼に」
海斗は笑顔で言った。
「お礼というほど凄い事はしていませんから」
美月は焦ってそう答える。
「お礼は口実だよ。本当は君ともうちょっと話がしたいんだ」
その言葉に美月が戸惑っていると、海斗は
「ほら、行くよ」
と言ってすぐに歩き始めた。
海斗がスタスタと歩いて行くので、仕方なく美月は海斗の後を追いかけた。
コメント
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お互い思いやりながらも少しずつ会いたい気持ちが募っての再会✨これは〜いっぱい話して距離を縮めて欲しいな😊🎊