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紫野が台所へ姿を現すと、ウメをはじめ使用人たちは驚いて彼女を見つめた。


「まあ、紫野様! 素敵すぎますわ!」

「まるで別人だね」

「若いっていいわねぇ……西洋風の装いがこんなによく似合うんだから!」


三人は次々と声を上げた。


「おかしくないですか? なんだか慣れなくて……」

「いいえ、すごくお似合いですよ。まるでどこかの令嬢のようです! あ、でも、令嬢はエプロンなんてつけないか?」


そこで、皆の笑い声が響いた。


「さあ、急いで美味しい夕飯をこしらえて、変身した紫野様に届けていただきましょう。ご主人様も奥様も、きっと驚かれる事でしょう」

「お二人の驚く顔が楽しみだね~」


四人はさっそく夕食の準備に取りかかった。


洋装は着物とはまったく異なり、動きやすさが際立っていた。紫野はその快適さに驚きを隠せなかった。


(こんなに動きやすいなんて……だから若い女性たちは、皆洋装へ変えていくのね)


世間の流れをずっと不思議に思っていた紫野は、実際にワンピースを着てみてその魅力を実感していた。


夕食の準備が整った頃、国雄の運転手である進が台所に顔を出した。


「お疲れ様です。今日は国雄様が早く戻られましたので、夕食は三人分でお願いします」

「はいよー!」

「了解!」


用件を伝えた進が立ち去ろうとした瞬間、紫野の姿に気付いて足を止める。


「あれ? 紫野さん?」

「はい?」

「えっ、本当に紫野さんだ! 格好が変わり過ぎて、びっくりしました」


驚いている進に、ウメが笑いながら口を挟んだ。


「紫野様、とても素敵になられたでしょう?」

「本当に、どこかの令嬢みたいで、台所にいるのが不思議な感じですね」


すると、使用人の一人が口を開いた。


「あたしらもまだ慣れなくて、なんだか不思議な気分ですよ」

「ですよね。本当に驚いたなぁ……でも、とてもよくお似合いですよ」

「ありがとうございます」


紫野は少し照れた様子で礼を言った。


(国雄の反応が楽しみだな)


進はそう思いながらニヤリと笑い、


「では、よろしくお願いしますね」


そう言って、台所を後にした。



夕食の準備が整うと、紫野はウメと共に料理を食堂へ運んだ。


「失礼いたします」


ウメが先に部屋に入り、紫野が後に続く。

食堂にいた三人は紫野の姿を見た瞬間、ハッと息を飲んだ。

しかし、紫野はまったく気付かずに配膳を始める。

すると、美津が嬉しそうに言った。


「まあ、紫野さん、とってもお似合いですよ」

「お前の言っていた通りだ。本当に、洋装が良く似合う」

「お店で試着した時に思ったの。紫野さんは、洋装をすると華やかに見えるってね」


そこで、紫野は村上家の当主である貞雄に深々と頭を下げ、洋服を買ってもらった礼を述べた。


「今日は、素晴らしいお衣装を新調していただき感謝しております。本当にありがとうございました」


紫野の礼に、貞雄は穏やかな笑みを浮かべながら答えた。


「気に入っていただけたようで何よりだ。もし、もっと服が必要なら、遠慮なく美津に相談しなさい」

「ありがとうございます」


貞雄の温かな言葉に、紫野は微笑みながら返事をし、配膳の続きを始めた。

その時、美津が笑いをこらえながら息子の国雄に向かって言った。


「やあね、国雄ったら、見とれちゃって!」


その言葉に、国雄が慌てて口を開いた。


「いえ、見とれてるというわけでは……でも、印象ががらりと変わりましたね」

「はい……」

「とてもよく似合っていて素敵ですよ」

「あ、ありがとうございます」


紫野は頬を赤らめ、少しうつむきながら作業を続けた。

やがて夕食の準備が整い、紫野はウメの後に続いて食堂を後にした。


廊下を歩きながら、ウメはニヤリとして言った。


「私はこの家に何十年も仕えていますが、国雄様がぼーっと見とれている姿は初めて見ましたよ」

「そうなの?」

「ええ。国雄様は、普段はあまり感情を表に出さない方ですから……特に女性に対しては」

「…………」


紫野はその言葉の意味を完全には理解できなかったが、自分の変身が国雄に悪い印象を与えなかったことに、少し安堵していた。



その夜、最後に風呂を終えた紫野が階段を上がろうとすると、誰かに呼び止められた。

その声は、ドアが開いたままの応接室から響いた。


「紫野さん!」

「あ、はい……」


紫野が応接室の入口まで行くと、国雄がソファで新聞を広げていた。

何か用があるのかと思い、彼女は応接室の中へ入った。


「何か御用でしょうか?」

「いや、特に用っていうわけじゃないけど、ちょっと見てみないか?」


国雄が窓辺に歩み寄り月を指差したので、紫野もその後に続き夜空を見上げた。


「まあ! 今日は満月だったんですね」

「うん。なんとも神秘的な色だな……」

「緋褪色(ひさめいろ)ですね」

「そうか……この色は緋褪色というのか……美しい色だ……」


月明かりに照らされながら、二人はしばらく無言で夜空を眺めた。


「もう家のことには慣れましたか?」

「はい。皆さんがとてもよくしてくださるので、楽しく働かせていただいております」

「それはよかった。みんなも紫野さんが来てくれて助かっていると思いますよ」

「そうだといいのですが……」


紫野が再び月を見上げると、国雄がふと思い出したように言った。


「髪を切ったんですね」


濡れた髪を肩に垂らす紫野を見つめながら、国雄が呟いた。


「はい。美代子様に美容院へ連れて行っていただいたので」

「そうか……その髪型は、初めて会った時の君を思い出すよ」

「たしかに、あの時もこんな風に下におろしていましたね」


紫野が穏やかに微笑むと、国雄は月を眺めたまま静かに言った。


「とてもよく似合っていて素敵だ」


その言葉に紫野は顔を赤らめ、慌てて答えた。


「ありがとうございます。では、そろそろ失礼いたします」

「うん、引き止めて悪かったね。おやすみ」

「おやすみなさいませ」


紫野は国雄に一礼し、静かに部屋を出て階段へ向かった。


応接室に残された国雄は、穏やかな表情を浮かべながら緋褪色の月を眺め続けた。

【大正浪漫】茜さすあの丘で ~幼き日の憧れは、時を経て真の慈しみへと変わる~

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コメント

26

ユーザー

特別な場所や物でなくても思いが通じている相手となら満月も特別なことの様になるのですね🩷二人で眺める月 素敵ですね 髪型を褒める国雄様 全部紫野ちゃんが好きなんですね❤️

ユーザー

月が綺麗ですね。って、言っても今の紫野ちゃんには意味が通じないだろうなぁ😊

ユーザー

国雄さんは洋装姿の紫野ちゃんに見惚れてたんだね。 髪型も変わったし更にキュートになった紫野ちゃんを惚れ直しちゃうね💕💕 洋服のお礼をきちんと言える紫野ちゃんは好印象だろうな。 2人で見る月はきっと輝いて美しかっただろうな。素敵な月の描写もうっとりしちゃう(ღ*ˇ ˇ*)。o♡

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