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次の週、国雄の母・美津は、地元の名士夫人が集まる月例のお茶会に出席していた。
お茶会は、絹織物業を営む加藤家で行なわれていた。
加藤家は、美津の娘・美代子の嫁ぎ先であり、彼女は長男の豊(ゆたか)と五年前に結婚している。
加藤夫人の登美子(とみこ)は、美代子の姑であり美津の幼馴染でもあるので、二人は以前から親しかった。
この日は、久しぶりにここ最近の出来事を報告し合っていた。
「まあ! それで、村上家に大瀬崎の先代のお嬢様が?」
「そうなのよ。国雄が勝手に決めてしまってね、驚いたわ」
「そういうことだったのね……。彼女の噂は知っていたけれど、まさか美津さんのところにいたなんてね、驚いたわ! で、どんなお嬢さんなの?」
「私も最初はどうかと思ったけれど、一緒に暮らしてみると、とても素直でいい子よ」
「あら、そう。先代の大瀬崎様は、穏やかで情に厚い方だと評判だったもの。もちろん奥様もね。だから、きちんと躾をされていらっしゃったのね」
「そうみたい。とにかく、物静かで謙虚で真面目ないい子なの。あんな子が高倉家に無理やり嫁がされたなんて……考えただけでもぞっとするわ、本当に可哀想に……」
「高倉家の評判は、あまり良くないものね。それにしても、大瀬崎の現当主である伯父様が、なんでそんなひどいことを?」
「会社を立て直すお金のためだって噂されているわ。ねぇ、登美子さん、あの製糸工場って、そんなに厳しい状況なのかしら?」
「うちも仕入れで取引があるけれど、どうも最近従業員が次々に辞めていってるらしいの。それで、生産量も落ちているみたい。先代がまだご健在だった頃は、従業員たちをとても大事にしていらしたみたいで、働く人間の定着率も良かったみたいだけれど、ここ最近はひどいみたいよ……。あ! 噂をすれば、大瀬崎夫人がいらっしゃったわ!」
そこで登美子は、噂話を一時中断した。
美津が振り返ると、応接室の入口に、大瀬崎和子と娘の蘭子が笑顔で立っていた。
「あら、今日は、お嬢さんをお連れみたいね」
登美子の言葉に大きく頷きながら、美津は和子の横に立つ蘭子に目を留めた。
蘭子は、東京で手に入れたと思われる流行の華やかなワンピースを身に纏っていた。
鮮やかな緑色のワンピースは、胸元が大胆に開き、裾と袖口にはフリルが施されている。
髪にはリボン型の髪飾りをつけ、光沢のある布製のバッグを手にしていた。
その装いは、東京の街中を歩いてもまったく違和感がないほど洗練されていた。
応接室の隅に美津と登美子がいるのを見つけた和子は、娘を伴い真っ直ぐ歩いてくる。
そして、二人に向かって笑顔で挨拶をした。
「加藤様、本日はお招きいただきありがとうございます。村上様もお久しぶりです」
「いらっしゃいませ」
「どうも、ご無沙汰しております」
「今日は、娘の蘭子を連れてまいりましたの。蘭子、ご挨拶なさい」
「初めまして、蘭子と申します」
蘭子は柔らかな笑みを浮かべながら、二人に礼儀正しくお辞儀をした。
「まあまあ、なんとお美しいお嬢様! 確か、今年21になられるとお伺いしましたわね」
登美子がそう尋ねると、和子はにこやかに答えた。
「そうなんですの。ですから、そろそろ結婚をと思いまして、ぜひ村上様とのご縁をいただければと……。村上様、以前お話しした国雄様とのお見合いの件ですが、ご検討いただけましたでしょうか?」
突然の見合い話に、紅茶を口に含んでいた美津は、思わず吹き出しそうになった。
「あ、あの件ですね……。とてもありがたいお話なのですが、国雄に話しましたところ、お見合いをする気はないとのことでした。ですので、申し訳ありませんが……」
その時、蘭子が一歩前に進み出て、毅然とした態度でこう言った。
「おば様! 私、女学校時代に国雄様をお見掛けして以来、彼のお嫁さんになりたいとずっと願っておりました。ですから、どうか一度だけでも国雄様とお会いする機会を設けていただけませんでしょうか?」
蘭子の積極的な申し出に、美津は驚きつつ苦笑いを浮かべて答えた。
「まあ、ありがとう。でもね、あの子ももういい年でしょう? 本人にその気がないのに無理やりお見合いの場を設けるのは、母親の私でも無理なのよ。ごめんなさいね」
「そんな……」
そこで美津は何かを思いつき、さらに一言付け加えた。
「それとね、国雄には、どうも想い人がいるようなの。だから、蘭子様には国雄なんて気にせず、もっと素敵な方とのご縁をお探しになるのが良いと思うわ……」
美津の大胆な発言に、隣にいた登美子は驚いた表情を浮かべた。
当然、国雄の母親にきっぱりと断られた蘭子と母・和子は、残念そうな顔をしている。
もうこれ以上何を言っても無駄だと悟った和子は、諦めたように口を開いた。
「もう心にお決めになった方がいらっしゃるのなら、うちの娘にはご縁はなさそうですね。蘭子、あなたももう少し現実を見て、結婚を真剣に考えなさい」
「でも、お母様……」
蘭子は納得がいかない様子で渋い顔をしたが、和子は娘の手を取ると毅然として言った。
「お邪魔してごめんなさい。他の方々にも挨拶をしてまいりますわ。それでは、ごきげんよう」
そう言い残し、和子は蘭子を連れてその場を後にした。
二人が立ち去ると、登美子が美津に向かって尋ねた。
「国雄さんに想い人がいるって、本当なの?」
その問いに、美津はニヤッと笑みを浮かべ答えた。
「本当よ!」
「誰なの?」
「ふふっ、その子は、もううちにいるわ!」
その言葉を聞いて、登美子は驚きの表情を浮かべた。
「まさか!」
「そのまさかよ! 国雄は紫野さんをお嫁さんにしたいみたいなの」
「まあっ!」
登美子は口をあんぐりと開けて驚き、慌てて美津に聞いた。
「そ、それで? 貞雄さまはお許しになったの?」
「もちろん。とはいえ、まだ紫野さんには伝えていないわ。そのことを知っているのは、国雄と私たちだけよ」
「なんとまあ!」
登美子はさらに驚いた様子で、慌てて紅茶を一口飲み込む。
「私は最初は反対していたのよ。でもね、あの子が健気に一生懸命働く姿を見て、考えが変わったわ。紫野さんが国雄を支えてくれるなら、私も安心できるかも!」
美津はそう言ってティーカップを持ち上げると、穏やかな笑みを浮かべながらゆっくりと紅茶を飲んだ。
コメント
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お義母様優しい❣️紫野ちゃんをきちんとみて判断してくださって 素直で健気な紫野ちゃんは絶対幸せになって欲しい❣️ それに引き換え蘭子さん親子の図々しさ😰 それをあっさり断るお義母様!これからも蘭子さんから守ってくださいね🙇
国雄ママが紫野ちゃんを「お嫁さん」として気に入ってくれて本当に良かった🥹💓 それにしても胸元オープンのドレス姿の嵐子(こんな派手な姿を好む嫁、イヤだわ💧)からのお見合いアピール⁉️に国雄さんの想い女がいてお見合いも諦めるように誘導するのがとても嬉しかったわぁ😊🙌 あ❗️国雄ママのお友達から紫野ちゃんの居場所がバレませんように🙏✨
なるほど。だからきっぱり制止したのか!でもこれで、また蘭子が乱子ならぬ嵐子になりそう💦💦