その頃、海斗の車は高速を走っていた。
(どこへ行くのだろう?)
美月がそう思っていると海斗が言った。
「横浜は人が多いから、ちょっと移動するよ」
海斗は力強くハンドルを握りスムーズに車を走らせていた。
美月はそんな海斗の手を見て安心感に包まれる。
そしてしばらく進むと『逗子』という標識が見えた。
「海?」
美月が思わず声を出すと、海斗は微笑んで言った。
「夕日に間に合うかな?」
それから間もなく車は高速を出た。
一般道へ出ると反対車線は渋滞していたが、海へ向かう道は空いていた。
日曜日の夕方は都会へ戻る車の方が多い。
そのまましばらく直進し、トンネルを抜けると海が見えた。
美月は思わず、
「うわぁ!」
と声を上げる。
「海は久しぶり?」
「はい。すごく久しぶりです」
美月はそう答えた後、遠慮がちに言った。
「あの…浜に降りてみてもいいですか?」
珍しく美月が要望を言ってきたので海斗は驚く。
「もちろん。ちょうど夕日が沈む頃だから行ってみよう」
海斗は突き当たりに出ると左折して、葉山方面へ向かった。
そして葉山の有名な海岸近くのコインパーキングへ車を停めた。
車を降りると、すぐに二人は海へ向かう。
そして道路から砂浜へ降りると、その先には美しい海が広がっていた。
小さな波が押し寄せる波打ち際は、波が光に反射して宝石のようにキラキラと輝いていた。
遠くに見える海と空の境目には、富士山のシルエットが浮かんでいる。
夕日が雲を染め、美しいグラデーションを作り出している。
空は徐々にオレンジ色に染まり、太陽が間もなく沈もうとしていた。
その時美月が突然しゃがんだ。
「何をしているの?」
海斗が聞くと、美月は満面の笑みで言った。
「桜貝です!」
見ると美月の手のひらには、薄ピンク色の小さな貝がいくつか載っていた。
「へぇ、それ桜貝って言うんだ」
「はい、一番好きな貝殻なんです」
美月は嬉しそうに言う。
そしてまたしゃがんでから夢中になって探し始めた。
探しながらこう言った。
「一つ見つかると他にも沢山見つかることが多いんです。だからまだあるかも」
それを聞いた海斗も、辺りを歩きながら探し始める。
しばらくすると、少し左に行った場所で海斗が叫んだ。
「あった!」
そこには沢山の桜貝が打ち上げられていた。
波打ち際に落ちている桜貝は、まるで桜の花びらのように見えた。
海斗はそれを全部拾って美月に渡した。
「すごい…こんなにいっぱい! ありがとう」
美月ははじけるような笑顔で嬉しそうに言った。
(彼女のこんな笑顔を見たのは初めてだな)
海斗は、なぜか胸の辺りがギュッと締め付けられるような感じがした。
「この浜辺『虹の入江』みたい」
美月がぽつりと呟く。
海斗は月の本で見た『虹の入江』のことだとすぐにわかった。
「本当だ、似てるな」
「はい。『虹の入江』ってこんなに近くにあったんですね」
美月はそう言ってはにかんだ。
その時、ちょうど空が夕暮れ時のクライマックスを迎えようとしていた。
二人は立ったまま無言で海を見つめる。
辺りが静寂に包まれる中、太陽が水平線に滲むように消えていく。
それはとても神秘的な光景だった。
太陽が姿を消すと共に辺りは薄暗闇に包まれていった。
その美しい光景をじっと見つめている二人の耳には、
優しい波の音が繰り返しのメロディーを奏でていた。
日が沈み真っ暗になる前に、美月はバッグからハンカチを取り出し桜貝をそっと包んだ。
そのままバッグに入れると割れてしまいそうなので、手に持ったままにする。
そこで海斗が声をかける
「そろそろ、食事に行こうか」
美月は頷き、二人は砂浜を歩いて駐車場へ向かった。
その時、美月が流木に足を取られてよろめいた。
海斗がとっさに美月の手を取り引き寄せる。
「大丈夫? 暗いから足元気を付けて」
海斗はそう言うと、手をつないだまま歩き始める。
美月の心臓はドキドキしていたが、なぜか海斗のあたたかい手の感触を心地良く感じていた。
コメント
4件
素敵〜ヾ(*´∀`*)ノ💖 🧑🤝🧑🌇🌊🌸🐚✨ めっちゃロマンチック〜✨🥹 手を繋いだ2人の気持ちは同じだね🥹💖
穏やかに流れる2人だけの空間✨このシーンの描写が目に浮かびます。2人の距離がぐっと狭まった瞬間ですね💖
夕暮れの空の色、海の色、貝殻の色....🌊 寄せては返す波の音.... 色彩や音、情景が目に浮かんでくるような ロマンティックで素敵なシーンですね✨