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俺は立ち上がり、彼女の手の物が見える距離まで近づく。

柳田さんが持っているのは、クリップ留めされたA4用紙五枚。表紙には俺の字で『来週の昼までに提出すること』と書かれてある。

「あ」と呟いて、彼女の手から受け取ったのは俺が今朝、課長に渡した書類と指示書。

課長が作成した企画書の修正点を赤ペンで記入し、修正を指示した。

「うん。シュレッダーの前に、まだ修正してないだろうから」

「そう……なんですか」

「うん。これがなくて、何をどう修正するつもりなのか」

というか、それ以前に、修正を指示されたことを覚えているか。

「見つけてくれてありがとう」

俺はため息交じりに言って、デスクに戻った。


自分でやるか……。


背を伸ばし、椅子のリクライニングを軋ませる。

課長が作成したと言っても、立案は俺。

はぁ、ともう一度ため息をつく。

デスク脇の資料の山を横目で睨み、もう一度ため息をつく。

そこで、視線を感じた。

柳田さんがじっと俺を見ている。

「お疲れ……ですね」

「あ、ごめん。ため息ばっか聞かされたら感じ悪いよね」

「いえ。ため息もつきたくなると……思います」

それだけ言うと、彼女はまたゴミを集めた。

俺は首を回し、マウスに手を添えた。部の共有フォルダの中から、目的の企画書を探し出す。

端が少し折れただけでめくられた形跡のない企画書を一枚めくり、俺は自分が記入した箇所を修正していく。

こんなことなら、最初から自分で修正した方が早かった。

本当であれば、課長に説明を求め修正させるべきなのだろう。

だが、基山のことがあったばかりで、俺も疲れていた。

デスク脇の資料の山は、基山が無断欠勤を始めた翌日から減っていない。

というのも、これは基山のデスクから移動してきただけの物。

彼女が来なくなったのは俺の責任だと言わんばかりに、誰もこの山に手をつけようとしない。

自分が、部内で浮いた存在なのは知っている。

それならばと、俺は意地でこの山を消そうとしている。

「あれ?」

四ページ目のグラフが見当たらない。

企画書自体はワードで、四ページ目が飛ばされているということは、グラフだけエクセルで作成したのか。


それにしたって、差し込んどけよ!


俺は再び共有フォルダから目的のファイルを探す。が、なかなか見つからない。


つーか!

同じフォルダに保管しておけよ!!


こうも見つからないとなると、他の資料を加工して、そのまま上書きした可能性が高い。

「くそっ!」

思わず声に出てしまった。

ハッとして首を回してフロア内を見るが、柳田さんの姿はなかった。


掃除、終わったんかな。


時刻を見れば、あと四十五分で今日が終わる。

「話し相手とか言って――」


――なんも話してねーし。


なんだか、どっと疲れを感じ、リクライニングに背を預けて顎を上げ、首を回した。

ゴリゴリッと骨が軋む鈍い音が響く。


腹減ったな……。


『誰かと飯を食うのはいいぞ? 独り飯は何を食っても美味くは感じないからな』

溝口さんの言葉を思い出す。


最後に美味い飯を食ったのって、いつだったっけ……。


飯は食っている。

だが、美味いと感じた食事というと思い浮かばない。

元々、食にこだわりがない。

出された食事を残さず食べるように、とは口うるさく言われたが、基本的に食事はいつも一人だったから、会話を楽しむこともなかった。出されたものを食べるということは、出されなければ食べられず、リクエストなどもってのほかだった。

大学時代、初めて友達と食事に行った時、メニューから好きなものを注文できることに感動した。


あの頃は、飯を美味いと感じてたよな……。


ぐぅと腹が鳴り、俺は足元の鞄を膝に載せた。なにか食うもんがなかったかと覗き込む。

クッキーが一枚見つかった。

誰かのお土産か差し入れだろう。

袋の中で二つに割れていた。

いつもらったものかは思い出せないが、見た目には大丈夫そうだからと口に入れた。

味はする。

普通に、バタークッキーだ。

困ったことに、中途半端に腹に食いもんを入れたことで、ますます腹が減った。

はぁと肩を落とした時、今度は声をかけられる前に人の気配を感じた。ちょうど、基山の席。

「あのぉ……」

振り向くと同時に柳田さんが言った。

「良ければこれ……」

遠慮がちに近づいて来て、右手を差し出す。掌の上には、黒い物体。

「お昼に作ったものですが、涼しい場所に置いておいたので大丈夫です」

手を伸ばし、それを掴んで、おにぎりだとわかった。ラップで包まれている。

「いいの? 柳田さんの晩飯じゃないの?」

「もう一つあるので……」と、彼女は腕に抱えたリュックに手を突っ込む。

俺にくれたおにぎりと同じ大きさのものが取り出された。が、それは海苔に包まれてはいない。

角の丸い、手作りらしい三角形のおにぎりで、白米に赤い粒々の模様。

「あ! 鮭と梅じゃこ、どっちがいいですか? こっちが梅じゃこなんですけど」

「梅じゃこ……? 食べたことないな」

「あ、そうですか? 美味しいですよ。梅はカリカリ梅なので歯ごたえがあって、さっぱりしていて」

「へぇ」

スーパーか弁当屋で見たことはあると思うが、食べたことはなかった。

「食べてみてください」と、彼女は手に持っているおにぎりを差し出した。

「ありがとう」と言って、俺は彼女の手から梅じゃこのおにぎりを受け取り、代わりに持っていた海苔で巻かれた鮭おにぎりを掌に載せた。

「あ、じゃあ、お礼にお茶を買って来るよ」

「え? いえ、そんな――」

「――俺も欲しいし」

俺はおにぎりをデスクに置いて、自販機に駆けだした。ペットボトルの緑茶とウーロン茶を買って戻る。

柳田さんは緑茶を選んだ。

「いただきます」

隣の席の椅子に座った彼女に言って、俺はおにぎりにかぶりついた。

鼻の奥を抜ける梅の香りと、噛むとカリッと響く食感、白米とじゃこの甘さが口の中に広がった。

噛むほど味が濃くなる。

「美味い……」

俺は一言だけ呟いて、再びかぶりついた。

コンビニや近所の弁当屋のおにぎりは制覇したと言っても過言ではないが、こんなに美味いと思ったおにぎりはない。

口いっぱいに頬張って、ひたすら噛む。

腹が減っていたにしても、ここまで夢中になって飯を食うなんて、俺にしては珍しい。

「ホント、美味い」

無意識に、感想が言葉になった。

「良かった」

頬を膨らませながら顔を上げると、柳田さんが笑っていた。

キャップを外したペットボトルを握り締め、眼鏡の奥の瞳を細めて。

二十八歳と言っていたけれど、その笑顔はとても幼く見えた。

無邪気、と言うか、無垢、というか。


かわいい……。


素直にそう思った。

眼鏡を外した顔を見たいとも。

そう思った自分に、心底驚いた。

なんだか気恥ずかしくなって、残りのおにぎりを頬張った。

柳田さんはおにぎりを食べなかった。

代わりに、俺がさっき渡した紙袋の中の箱を開け、クッキーを一枚取り出した。袋を開けて、顔を出したクッキーを咥え、半分噛んだ。

サクサクッと軽快な音が彼女の口の中から聞こえる。

噛む度に、唇が開きそうで開かない。

「私も、とても美味しいです」

今度は穏やかに、微笑んだ。

咀嚼を止めて、彼女の唇を凝視していたことに気づき、思わず顔を背けた。

「良かった」とだけ言って、口の中の米を飲み込んだ。

「よろしければ、これもどうぞ」

柳田さんが、机の上に置いていた鮭おにぎりを差し出す。

「中の鮭、すごく美味しいんです」

「けど――」

「――実は私、お昼もおにぎりだったんです。しかも、食べたのがだいぶ遅くて。明日まで置いてはおけないので、食べていただけたらありがたいです」


絶対、嘘だ。


俺が遠慮しないように、言っているに決まっている。

決まっているのに、決まっているからこそ、遠慮するのは彼女の気遣いを無駄にする気がしたし、なにより、美味いおにぎりを食べたかった。

キャスター付きの、アームレストのない椅子に、背筋を伸ばし、足を揃えて座り、おにぎりを差し出す柳田さん。

俺は、手を伸ばした。

おにぎりを持ち上げる。

「今度、一緒に飯に行こう」

考えなしに言った自分にも驚いたが、それ以上に彼女が目を丸くした。が、二、三度素早く瞬きをすると、その表情は戻っていた。

顔を見合わせたまま、気まずい空気が流れる。

そして、彼女はクッキーの残りを口に運んだ。

聞き間違いとでも思ったのか。

それとも、聞かなかったことにしようと思ったのか。

だから、もう一度言った。

「美味いおにぎりのお礼に、今度一緒に飯に行こう。何でも好きなもの、ご馳走させて」

また、柳田さんの目が見開かれる。

そして、唇を小さく震わせてから、大きく息を吸い込んだ。

「いえっ! そんな、お気遣いいただくほどのものではありませんし、そもそもっ! 前回のお礼にとこのお菓子はいただき過ぎですので、そのおにぎりはいただき過ぎたお礼のお礼と言いますか――」

「――柳田さんて――」

顔を真っ赤にして捲し立てる彼女の言葉を遮る。

「――恥ずかしかったり緊張したりすると、硬い敬語になっちゃったりする?」

前の夜も言っていた。

『部長とご一緒して少し緊張していました』って。

「そ、そんなことはっ――!」

そう言って小さく首を振る。

俺は思わず、ハハッと笑みを漏らした。

「俺って、怖い?」

「こわっ!? 滅相もない! 怖いだなんて!!」

彼女が全力で否定する。

「不快にさせてしまったのなら、申し訳ありません! 日頃、かなり目上の方と接することが多いものですから、距離感と言いますか、失礼のない対応がよく分からないものですから――」

「――いや、うん。大丈夫」と、俺は片手を開いて前に出し、彼女にストップを表現した。

「俺は柳田さんの対応を不快だとも失礼だとも思っていないから。ただ、俺はきみの上司ではないし、出来れば、友達感覚で接してもらえたら嬉しいかな」

「友達……ですか」

「うん」

おかしなことを言っている。

けれど、素直な気持ちだ。

彼女といると、なんだか楽しい。

柳田さんは俺の言葉を素直に受け取っていいか考えているようで、レンズの向こうの眉間には、深い皺が刻まれていた。

【コミカライズ原作】キミの瞳に魅せられて〜恋を知らないモテ上司が、地味で孤独な部下を溺愛〜

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