次の週までは特に何も起こらなかった。
凪子が感じた数々の不審な出来事が、まるで気のせいだったかのように
穏やかな日常が過ぎていく。
しかし、そんな平穏な日々もそう長くは続かなかった。
金曜日、凪子は珍しく早帰りが出来た。
新ブランドの企画も順調に進んでいたので、たまにはスタッフ達も早く帰りたいだろうからと、
その日は業務を早めに切り上げ皆に早帰りを推奨する。
凪子もすぐに会社を出ると、スーパーへ寄ってから家に帰った。
この日は良輔も早帰りが出来ると言っていたので、
久しぶりに手の込んだ手料理でも作ろうと思っていた。
凪子が台所に立っているとスマホが鳴った。
凪子は手を拭いてから、カウンターの上に置いてあったスマホを手に取る。
電話は良輔からだった。
「凪子ごめん…今日夕飯いるって言っちゃったけれど、急遽飲み会になっちゃったんだよ…だから俺の分はキャンセルで!
ごめんな!」
「えっ? あ、うん、分かった!」
良輔の近くでは、男性数人の話し声が聞こえた。おそらく第一営業部の同僚達だろう。
という事は、ちゃんとした会社の飲み会なのだろうか?
しかし凪子は念の為、親友紀子の夫・紘一から紹介してもらった興信所の担当者へメッセージを送る。
この興信所とは、すでに一ヶ月契約で良輔の身辺調査を依頼している。
ただし今日みたいに良輔が会社帰りにどこかへ寄る際は、
興信所へ知らせて欲しいと言われていたので凪子は連絡を入れた。
その後、担当者から返信があり、今夜の良輔の動向を調べてくれると書いてあった。
全て疑ってかかるのはあまりいい気はしない。
でも何もなければ問題はないのだし、仮にあれば決定的な証拠になる。
とにかく、今のように疑心暗鬼な状態の方が凪子にとっては一番ストレスだった。
こんな精神状態のままでは、仕事に支障もきたすので、少しでも早く白黒はっきりさせたかった。
その夜凪子は深夜1時まで起きていたが、良輔が帰って来る気配がないので先に寝る事にする。
ベッドで横になっていても、なんだか眠れない。
どうせ明日は休みだからと、しばらくスマホで色々調べてみる。
【浮気している夫にありがちな行動】
【サレ妻の体験談】
【夫の浮気が原因で離婚した場合受け取れる慰謝料の額は?】
【不倫相手の女への慰謝料請求額】
とにかく、今はどんな事でも知識を入れておきたかった。
見聞きした噂話や情報ではなく、リアルな情報が知りたかった。
その時、気になるブログを見つけた。
そのブログ名は、
【マウントリベンジブログ~あなたの夫を奪った女への賢い対応法~】
気になった凪子は、読んでみる事にする。
ブログはとても興味深い内容だった。
凪子が求めていた事が、詳細に書かれている。
(凄いわ! 私が欲しかったのはこういう情報よ)
そこには、凪子がなんとなくこうしたいと思っていた内容が具体的に書かれていた。
(まさにサレ妻にとっての神ブログだわ!)
凪子は、読みながら胸がドキドキと高鳴る。
そして気づくと、あっという間に主要な項目を読み終えていた。
凪子は、そのブログを書いた人がどんな人なのかが気になり、プロフィールを見てみる。
ペンネーム なつみん 44歳
東京都在住
家族は子供2人
35歳の時に夫の不倫に気づき、興信所を使って不倫の証拠を掴む。
その後、夫とは離婚。
その際、2人の子供の親権は自身が取り、現在養育中。
プロフィールにはそう書いてあった。
(逞しいわ…まさに母は強しっていうやつね!)
凪子は、その『なつみん』という人の潔さに脱帽した。
翌朝、凪子はベッドの上で目覚めた。
枕元にはスマホをおいたままだ。ブログを読んで、そのまま寝てしまったらしい。
時計を見ると、朝の7時だった。
ベッドの隣を見ると、良輔が帰った形跡はない。
(とうとう外泊……か…)
凪子は少しショックを受けていた。
心のどこかでは、浮気なんて嘘であって欲しい…そう思っている自分がいる気もした。
しかし、改めてこんな状況を見てしまうと、その思いが一気に表面へ出てくるようで胸が苦しくなる。
これがいわゆる世の中の『サレ妻』の屈辱というものなのだろうか?
窓から降り注ぐ光と澄み切った青空は、今の凪子にとっては鬱陶しいだけだった。
凪子はフーッとため息をつくと、力なく立ち上がりノロノロと着替えを始める。
いつものようにジーンズとカットソーを着込んだ所で、
昨夜読んだブログの文章が頭に浮かびハッとする。
(ダメダメ! 家にいる時は常にきれいにエレガントに…だったわ!)
そこで凪子は、今着たばかりのジーンズとカットソーを脱ぎ捨て、
とりあえずシャワーを浴びに行った。
コメント
1件
信じきれないけど疑いきれない、一番辛い時ですよね🥵 でも凪子さんの行動は正解だと思うし、証拠や裏付けを集めるが勝ち🏅 何よりなつみんさんをはじめたくさんの協力者がいるのが心強い💪🥹