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「今回の報酬は金貨十枚となります」
冒険者ギルドに戻って清算を済ませたところ、俺の取り分は魔導剣一本分となった。
一度の冒険でこの金額は正直効率が良いどころの話ではない。五度も足を運べば働かなくても一年は遊んで暮らせる。
想定していたよりも多い報酬と、思っていた以上に異世界生活が楽しくなりそうで、俺は自然と笑みが浮かんでしまう。
「えっと……そちらの皆さんは金貨一枚です」
受付嬢が気まずそうな表情を浮かべ彼らに声を掛ける。
一方で、俺を狩りに誘った冒険者の連中は沈んだ表情を浮かべている。
この世界の金貨一枚は現実世界の十万円に相当する。
狩り場からの往復で三日、それを五人で割ると一人頭一日七千円未満ということになる。
それなりの危険に身を晒し、身体を張って素材を運んできたのにこの収入ではやっていられないのだろう。
これなら街近郊で雑魚モンスターを一日狩ったのと変わらない。初心者冒険者と同程度の収入ともなれば凹まない方がおかしいだろう。
「あと……申し訳ないのですが、馬車のレンタル代が一日銀貨一枚で……合計三枚になります」
「ああ……」
さらに追加で受付嬢から馬車のレンタル代まで請求されリーダーは沈んだ声を出した。
ここでついでに説明しておくと、銀貨一枚は現実世界の一万円相当。銅貨一枚は現実世界の百円相当になる。
つまり、彼らの収入はさらに減り、駆け出し冒険者以下となった。
懐から貨幣が入った袋を取り出し支払うと、受付嬢はそそくさとそれを仕舞う。
その視線には幾分かの同情が含まれていた。
「ははは、たったこれぽっち……」
「どうしよう、武器の修理もあるのに」
「矢を買うお金が足りないかも」
哀愁漂わせる会話に、流石の俺も心が痛む。
命がけの冒険者稼業でこれは流石に可哀想だ。
「これ、そちらで受け取ってください」
俺は金貨を二枚取り出すとリーダーに差し出した。
「何だって?」
その場の全員が顔を上げ、驚いた表情で俺を見る。
「馬車のレンタル代もそっちもちでしたし、解体料だってあるでしょう?」
分け前の話については最初にされていたが、馬車や解体などの諸経費については触れられていない。
彼の計画では自分たちが俺をこき使うつもりだからする必要がなかったのだろう。
元々対等ではない立場として扱われていた点は気になるが、流石にだまし討ちをした負い目がこちらにもないわけではない。
今後のことを考えるなら、先輩冒険者たちとあまり険悪な関係になるのも望ましくはないので、最低限向こうが施そうとしていた金額は補填するべきだ。
リーダーは俺から金貨を受け取ると「助かる」と呟き、ホッと溜息を吐いた。
彼らの間に弛緩した空気が流れ始める。報酬の分配で話し合い、次の狩りの予定についても前向きな意見が出ている。
ときおりこちらに向ける視線はまだ硬いものの、帰路に比べれば随分と険がとれた気がする。
「実力を隠してたのは納得いかないけど、正直助かった」
女性冒険者が髪を撫で不貞腐れた様子でそう告げる。
「どういう特訓したらそんな強くなれるんだ? 俺も体力には自信があったんだが、あれほどの動きを長時間維持するのは無理だ」
男性冒険者が食い気味に身体の鍛え方を聞いてきた。話すたびに筋肉がぴくぴくと動く。
実際、彼の方が体力があるのは間違いなく、エリクサーによるドーピングをそのまま話すわけにもいかないので「毎日二十時間筋トレすれば大丈夫です」と適当なアドバイスをしておいた。
しばらくの間、話し込んでいるとそろそろ他の冒険者の邪魔になってきたのか、リーダーがパンと手を叩いて視線を集める。
「それじゃあこれで解散だ。人は見かけによらないんだな。今回は勉強になったよ」
リーダーが握手を求めてきたので応じる。俺のことを認めてくれたのか朗らかな笑顔だ。
こうなると、ここで関係を切ってしまうのが惜しくなる。
「あ、あの……」
こんなこと言ってもいいのか悩み躊躇う。これまで、俺は他人を誘った経験がなかったから。
「ん、どうした? アタミ?」
「何か言いたいことがあれば言いなさい」
「俺たちはもう仲間だろ?」
優しい言葉が身に染みる。今なら、異世界で初めて冒険をした仲間とともに歩む未来が浮かぶ。
もっとこの世界を楽しみたい。もっと狩りをして強くなりたい。彼らに後押しされ、そんな願望が胸の奥から溢れてくる。
自分に素直になってもいいのかもしれない。彼らの笑顔を信じてみよう。俺は勇気を出し、思いの丈を言葉にした。
「物足りなかったので、今からもう一度狩りに行きませんか?」
次の瞬間、その場の全員から「行かねえよっ!」と罵倒された。他人との接し方が難しいのはどうやら異世界でもかわらないらしい……。