その時、海斗が亜矢子に聞いた。
「亜矢子さんに聞いてもいいかな。美月さんはアクセサリーを作るのが好きなのに、どうしていつもブレスレットしか着けてい
ないのかな?」
それは海斗が以前から気になっていた事だった。
そんな質問をされた亜矢子は少し驚いていたが、すぐに答えた。
「美月は昔からアクセサリーの中で指輪が一番好きだったんです。それはなぜかって言うと、小学生の時に読んだ漫画の中に
『貧しいガラス職人の男性が愛する人に指輪を買えなくて、代わりにガラスの指輪を自分で作ってプレゼントする』というロマ
ンティックな話があったらしくて、それがきっかけで指輪が好きになったみたいなんです。」
亜矢子はそこで飲み物を一口飲んでから続けた。
「だから婚約指輪を買う時もすごく楽しみにしていたんですが、それが最悪だったんです」
そこで亜矢子は重苦しいため息をついた。
「最悪って何が?」
「美月の元夫は、母親から指定されたデパートに美月を連れて行き、そこで予算内の物を三つ出してもらいその中から選んでと
美月に言ったそうです。ロマンも何もないでしょう?」
亜矢子は肩をすくめてから続ける。
「おまけに支払いは母親のカードで払ったそうなんです」
海斗はびっくりして思わず声を出す。
「えっ?」
「それだけじゃないんです。指輪は元夫が一度家に持って帰ったそうです。その理由が最悪で…」
「最悪って?」
「はい。買った指輪を自分の母親に見せなくてはいけないからと….呆れるでしょう? で、後日美月の手元に来たらしいで
す」
「…………」
海斗は絶句した。
ドラマなどでよくマザコン夫は目にするが、まさか現実にそんな男がいるとは思ってもいなかった。
だからかなり驚いていた。いや、驚くと言うよりもショックと言った方が正しいだろうか?
言葉を失っている海斗に向かい亜矢子は続けた。
「もう一つとどめがありますよ」
「え? まだあるの?」
海斗はさらに驚く。
「はい。離婚する時にその婚約指輪を返せと言われたらしいです」
「…………」
海斗は何も言えずに呆然としていた。
「美月が彫金を始めたのは、本当に大切にしたい指輪を自分自身で作ろうと思ったのがきっかけなんです。でも未だにその指輪
を作れないでいるのは、やはり指輪は好きな人から貰いたい……そんな思いがあるのかなぁって。美月本人は気づいていない
みたいですが」
亜矢子は少し潤んだ瞳で言った。
「そうだったんですね」
海斗は切ない気持ちのまま、再び亜矢子に聞いた。
「もう一つ聞いてもいい? 美月さんの離婚の原因は?」
すると亜矢子は怒りを隠しきれないといった様子で海斗に言った。
「美月の元夫の浮気です。それも美月の同期の女性と!」
「…………」
もし今ここに美月の元夫がいたら、殴っていたかもしれない。
そのくらい海斗は怒りに溢れていた。
今まで感じた事がないほどの激しい怒りがこみ上げて来る。
そこで亜矢子が真面目な顔をして海斗にお願いするように言った。
「だから美月の事は絶対に傷つけないで欲しいんです」
「もちろん。大丈夫ですよ」
海斗がとても穏やかな表情で答えたので、亜矢子はホッとした様子だった。
二人の会話が終わった所に浩が戻って来た。
「いやー、美月ちゃんの月への情熱は凄いねー」
浩のあまりにもあっけらかんとした様子を見た二人は、声を出して笑った。
そして亜矢子が浩にもう一杯飲む? とワインを取りに行ったので、浩も妻の後について行った。
海斗はグラスをテーブルへ置くと、再びバルコニーへ出た。
美月の傍へ行くと、ノートパソコンを広げてまだ作業をしている。
「うまく撮れた?」
海斗の質問に、美月は満面の笑みで答える。
「はい。今までで一番良く撮れたねってグループの人達が褒めてくれました」
美月は撮った写真をすぐにSNSにアップしたようで、それを海斗に見せてくれた。
「おお、すごい。」
海斗が褒めると、美月は恥ずかしそうに微笑む。
海斗が見た写真は、クレーターがクッキリとシャープに写っている写真だった。
SNSのグループのページを見ると、他のメンバー達が日本全国様々な地域から撮影した写真を続々と投稿しているようだ。
(皆、月で繋がってるんだな……)
そこで海斗はパソコンのキーボードを叩いている美月の手を見た。
何もつけていない美月の白く細い左手薬指は、切なく、そしてとても悲し気に見えた。
それと同時に海斗の胸がギュッと痛んだ。
その後、二人は部屋へ戻った。
海斗が女性二人の為にケーキを買っておいてくれたので、美月と亜矢子は大喜びする。
オープンして間もない近所のケーキ店へ海斗がサングラスをかけて買いに行ったところ、ジロジロ見られて不審がられたと嘆い
ているのを聞いて三人声を出して笑った。
美月がケーキの箱を開けると、中にはショートケーキが入っていた。ケーキのクリームの上には美月の大好きな木苺がトッピン
グされている。
それを見た美月は嬉しそうに目を輝かせていた。
そしてチラッと海斗の方を見ると、声を出さずに口を動かした。
『ありがとう』
『どういたしまして』
海斗も同じように返すとペコリとお辞儀をした。
デザートを食べ終えると、午後九時を過ぎていた。
そこで美月が亜矢子と浩に言う。
「片づけは私がやるから亮君を迎えに行ってあげて」
「ありがとー美月」
「美月ちゃん悪いね」
そこで海斗も、
「片付けは僕も手伝いますから大丈夫ですよ」
と言って二人を安心させた。
そう言われた浩と亜矢子は先に帰る事にする。
海斗と美月が二人を玄関まで見送ると、亜矢子が言った。
「美月、またね! 海斗さん今日は本当にありがとうございました」
亜矢子はいつの間にか海斗の事を「沢田さん」ではなく「海斗さん」と呼ぶようになっていた。美月がバルコニーにいる間、二
人はすっかり仲良しになったようだ。
「海斗さん、今度お時間が出来たら是非バス釣りに行きましょう!」
「是非! 楽しみにしています!」
海斗と浩もすっかり打ち解けて、そんな約束を交わしていた。
それから二人は海斗の家を後にした。
コメント
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楽しいパーティーやったね😆💖 今から2人でお片付けして… いよいよ…✨🤭💖 「月への階段」🌕️🚗 亜矢子チャンから、美月チャンの元旦那の最低な行いを聞いて、 もっともっと美月チャンに優しく大切にしたい想いが強くなったはずの海斗さん✨美月チャンと一歩進めますように🍀🍀🍀🌕️✨💖
美月ちゃんの過去話を聞いて、絶対に幸せにできるのは自分しかいないと強く思ったと思う。 そしてしっかりと守り生涯、力尽きても愛すると心に誓ったと思う✨💖
亜矢子さん、浩さんご夫妻も海斗さんと仲良くなれてパーティー🎉を開いて本当に良かった🙌😊🌸 それにしても海斗さんが美月ちゃんの元夫の話を聞けて良かったのかも…😭 改めて美月ちゃんを大切に守って愛してあげてほしいな🥹💕 さぁこれからツーショットでドライブかな🛣️⁉️🤭🌷