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ℝ𝕒𝕟
269
こぬぬー(響)
120
放課後の教室は、少しだけ静かだった。
部活に行くやつ、帰るやつで人は減っているのに、完全には空にならない中途半端な密度が残っている。
窓の外は明るいままなのに、室内だけがゆっくり暗くなり始めている。
遥は席に残っていた。
特に理由はない。
ただ動くタイミングを外しただけで、そのまま取り残されている。
後ろで椅子が引かれる音がする。
「なあ」
声が落ちる。
振り返る前に、肩を押される。前に揺れる。
「ちょっと来いよ」
断る間はない。腕を掴まれる。そのまま引かれる。教室の後ろ、窓際から離れた死角に寄せられる。
「何」
口に出す。
「何じゃねえよ」
すぐ返る。
笑っていない声。
周りに何人か集まる。逃げ道がなくなる。
「さっきさ」
一人が言う。
「先生に謝ってたじゃん」
間がある。
「なんで謝ってたか分かってる?」
視線が揃う。
答えを待っている形になる。
「……提出物、出してなかったから」
出す。
「それ“だけ”?」
被せられる。
言葉が止まる。
「なあ」
別のやつが顔を近づける。
「それが理由だと思ってんの?」
距離が詰まる。
「……違うのか」
出る。
一瞬、空気が揺れる。
そのあと、低く落ちる。
「は?」
頬に衝撃が来る。横から叩かれる。音が遅れて響く。
「質問していい立場だと思ってんの?」
押される。背中が窓枠に当たる。
「分かってないからこうなってんだろ」
胸ぐらを掴まれる。
引き寄せられる。
「なんで嫌われてるか、分かるかって聞いてんだよ」
視線が逃げられない位置に来る。
「……分かんない」
出す。
それしか出ない。
間ができる。
その一瞬で、空気が落ちる。
「は?」
低い声。
腹に衝撃が入る。息が一瞬で抜ける。声が出ない。
「分かんねえ?」
もう一度、今度は少し下に入る。鈍い痛みが残る。
体が前に折れる。
「ふざけてんの?」
上から声が落ちる。
肩を掴まれて、無理やり起こされる。
「考えろよ」
顔を近づけられる。
「なんでだと思う?」
答えが求められている形になる。
だが、何を言っても外れる。
「……遅いから」
出す。
「は?」
すぐに否定される。
「それだけ?」
頬を掴まれる。指が食い込む。
「他は?」
詰められる。
「……迷惑、かけてるから」
言い足す。
一瞬の間。
そのあと、笑いが漏れる。
「浅」
誰かが言う。
「全然分かってねえじゃん」
後ろから頭を押さえられる。
下に向けられる。
「こういうとこだろ」
頭を軽く叩かれる。
「全部だよ」
別の声。
「存在が無理なんだよ」
笑いが混じる。
「分かる?」
頭を上げさせられる。
目を合わせられる。
「お前がいるだけで空気悪くなるって言ってんの」
逃げ場がない。
「……ごめん」
出る。
すぐに。
反射みたいに。
その瞬間、空気がまた変わる。
「何が?」
低く返る。
「今の何に対して?」
詰められる。
言葉が止まる。
「分かってないのに謝ってんの?」
肩を押される。壁に当たる。
「意味なくね?」
笑い。
「ほら、ちゃんと答えろよ」
背中を蹴られる。前に崩れる。机に手をつく。
「なんで嫌われてるか」
もう一度。
繰り返される。
逃げ道が塞がれる。
「……分かんない」
また出る。
それしか出ない。
一瞬で、空気が固まる。
そのあと、強く落ちる。
腹に蹴りが入る。さっきより深い位置。息が完全に抜ける。
声が出ない。
「分かれよ」
上から落ちる。
「分かんねえなら考えろよ」
もう一度、背中を蹴られる。
前に倒れる。床に手をつく。
「ほら」
誰かが言う。
「言えるまでやるから」
軽く言う。
決定になる。
肩を掴まれる。起こされる。
「次」
顔を近づけられる。
「なんで嫌われてるか」
同じ質問。
逃げ場がない。
「……邪魔、だから」
絞り出す。
間ができる。
「具体的に」
すぐに重ねられる。
「どう邪魔なの?」
言葉が続かない。
「……分かんない」
出る。
その瞬間、また衝撃が来る。頬。さっきより強い。
視界が揺れる。
「戻ってんじゃねえよ」
声が落ちる。
「考えろって言ってんだろ」
頭を掴まれる。揺らされる。
「なあ」
低い声。
「分かるまで終わんねえから」
笑いが混じる。
周りも同じ温度で見ている。
誰も止めない。
逃げる場所がない。
「……全部」
出る。
自分でも何を言っているか分からない。
「何が?」
すぐに返る。
「全部って何?」
詰められる。
「……全部、悪い」
言い直す。
間。
そのあと、少しだけ空気が緩む。
「やっとそれっぽい」
誰かが言う。
「最初からそれ言えよ」
笑いが戻る。
だが、それで終わらない。
「で?」
続く。
「どうすんの?」
答えがない。
「直せんの?」
重ねられる。
言葉が出ない。
「無理だろ」
先に言われる。
笑い。
「じゃあどうすんの?」
逃げ道が消える。
「……分かんない」
出る。
その瞬間、また蹴られる。腹に。息が抜ける。
「だからそれやめろって」
声が落ちる。
「考えろよ」
繰り返される。
終わらない形で。
外では、部活の声が遠くに響いている。
時間だけが進んでいく。
ここでは、答えは最初から決まっていなくて、ただ続けるために問われ続ける。
正解は用意されていないまま、間違いだけが積み重ねられていく。
コメント
1件
ruruhaさん、第7話読みました。 放課後の教室の空気感、すごくリアルで胸が締め付けられました。最初から答えが用意されてない「問い」を繰り返される怖さ――何を言っても外されて、間違いだけ積み上がっていく感じが、読んでいて苦しかったです。特に「だからそれやめろって」と言いながら蹴る流れが、逃げ場のなさを象徴していて印象に残りました。遥くんがどうやってこの状況を抜け出すのか、気になります。続きが楽しみです。