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きょうふ
115
comi
778
#可愛い
トド村
37
「なんか……このタコどんどんでかくなってないですか!?」
水着を着た天国美が悲鳴混じりの声を上げる。
海面から這い出たタコはみるみるうちに膨張し、巨大化していく。
蠢く無数の触手が、大気を引き裂く爆音とともに、一斉に私達へと襲いかかる。
「ひっ!?」
あまりの質量とスピードに硬直した私の横から、ビュンッ!と強烈な風が吹き抜けた。
「バカ!!逃げるぞ!!」
気がつくと、私は小守の腕の中にいた。
スク水越しに伝わる小守の体温。
彼女は私をお姫様抱っこしたまま、漆黒の翼を爆発的に羽ばたかせて垂直に大空へと急上昇していた。
直後、私たちがいた砂浜が、巨大な触手の叩きつけによってクレーターのように爆散する。
「ははっ、ビーチを荒らすわるい子には、お仕置きだね……!!」
地上で天国美を守りながら楓子さんが鋭い視線を放つ。
彼女の周囲に無数の魔法陣が展開し、次の瞬間、青い魔力の光が「弾幕」となって猛烈な勢いで撃ち出された。
ズババババババッ!!!!と肉を切り裂く轟音が響き渡り、タコの触手が焼けるように千切れて砂浜に転がる。
だが――。
「うそ……もう再生した!?」
天国美が目を見開く。
千切れた断面から、ドロリと新しい肉が瞬時に増殖し、何事もなかったかのように元の長さに戻る。
「まいったね……。いつもならこんなタコ、一瞬で消し炭にできるのに……っ」
楓子さんの額を冷や汗が伝う。蘇生魔法にほぼ全ての魔力を使い果たしていた彼女の身体は、目に見えて疲弊していた。
大タコの頭部が不気味に発光する。凝縮された禍々しい魔力が、まるで「黒い太陽」のような球体となって、無防備な楓子さんに向けて一気に放出される。
「楓子さん危ない!!!」
天国美が遮るように前に躍り出る。
「天魔覆滅・神聖断罪ビーム(エンジェル・ルシファー・エクスプロージョンビーム)ッ!!!!」
その小さな口が大きく開かれ、白いが吐き出された。
白と黒の魔力が正面から衝突し、大気が悲鳴を上げて相殺される。
視界が爆煙で染まった、その一瞬の隙だった。
ズザザザザッ!!!と砂浜が激しく爆ぜ、天国美達の足元から触手が突き出た。
「キャッ!?」
「くっ……!?」
油断していた天国美と楓子さんの身体が、一瞬にして極太の触手に絡め取られる。
ぬるぬるとした吸盤が、二人の柔肌に吸い付く。
「ひゃんっ!? な、なにこれ、動けな……んぅっ! うねうね触らないでください……っ!」
天国美の水着の下の柔らかな肉を、蛸の触手が容赦なくまさぐる。
「……身体が、痺れる……っ」
楓子さんの瞳がトロンと濁る。
「これは……タコの……神経毒……っ!?」
抗う魔力すら吸い取られ、二人は触手に絡め取られたまま、ぐったりと肉体を密着させて蹂躙されていく。
上空でそれを見ていた私は、恐怖で血の気が引いた。
絶体絶命のピンチ。
粘液に塗れ、身動きの取れない天国美が、涙で潤んだ目を必死に上空の私へと向けた。
「おねえ……ちゃん……っ」
ドクンッ!!!!
その声が鼓膜に届いた瞬間。
私の奥底で「何か」が激しく跳ねた。
心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに鳴り響く。
視界が真っ赤に染まり、全身の血管を暴走した魔力が逆流していくのが分かった。
「……雪?」
上空で私を抱きしめていた小守が、ぽつりと呟く。
彼女の鼻の先に、一粒の、白く冷たい結晶が舞い降りる。
――次の瞬間、世界の色彩が変わった。
さっきまで容赦なく肌を灼いていた真夏の太陽が、一瞬にして分厚い雲に覆い尽くされ、激しい突風が吹く。
島全体に視界を遮るほどの猛烈な吹雪が吹きすさんだ。
気温が垂直落下していく。砂浜が一瞬にして凍りつき、真っ白な銀世界へと変貌していく。
「これが……地獄子ちゃんの……本来の力……っ!!」
肌を突き刺す強烈な吹雪に、触手に囚われたままの楓子さんが身体を身震いさせながら声を漏らす。
私は、小守にお姫様だっこされたまま顔を覆っていた眼帯の紐を、ゆっくりと指先で引きちぎった。
ハラリと眼帯が砂浜へと落ちる。
露わになった私の左目――昨夜、悍ましくも開いてしまったその「目の穴」の奥には、無限の闇と星々が渦巻く、冷徹な小宇宙が広がっていた。
巨大タコが異変を感じとり海に逃げようとする。
「天国美を……放しなさいっ……!!」
パキパキパキパキィィィィンッ!!!!
タコが、その巨大な質量ごと一瞬にして完全に凍りついた。蠢いていた無数の触手も、淫らな粘液も、すべてが美しい氷の彫刻へと変わる。
そして――ゴオォォォォォ……という空間が歪む重低音とともに。
凍結した大タコが、私の左目の奥にある「小宇宙の穴」に向かって、凄まじい勢いで吸い込まれ始める。
数秒にも満たない出来事だった。
あれほど狂暴に暴れていた巨大な怪物は、文字通り、あとかたもなく世界から消し去られてしまった。
ごうごうと吹きすさんでいた吹雪が止み、凍りついたビーチに、再び静寂と夏の太陽の光が戻ってくる。
私はゆっくりと左目を手で覆い、そのまま限界を迎えて、小守の腕の中で意識を失った――。
コメント
3件
「おお……すごかったですね、第12話。真夏のビーチが一瞬で氷の世界に変わっちゃったのは圧巻でした。眼帯を引きちぎって地獄子ちゃんの左目があらわになるシーン、ドキッとしました。あの「小宇宙の穴」にタコが吸い込まれる流れ、設定の整合性がしっかりしてて好きです。小守がお姫様抱っこしたまま急上昇するのもカッコよかった。吹雪のビジュアルが目に浮かぶようで、読んでいてゾクゾクしました。次回も楽しみにしてますね!」