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きょうふ
115
comi
778
#可愛い
トド村
37
「楓子さん……そのタコ、本当に食って大丈夫なんですか?」
私が網の上の物体を恐る恐る見なながら尋ねる。
「へーきへーき、火を通してあるし」
「えぇ……」
私の困惑をよそに、楓子さんは網の上でなおもびちびちと跳ねる巨大なタコの触手に豪快に串を刺し、塩コショウを振ると、先っぽの方から躊躇なくガブリと齧りついた。
「うーん! 新鮮でうまいねぇ。ビール持ってくれば良かったよ」
ぷりぷりのタコを咀嚼しながら、ほっぺに手を添えて幸せそうに楓子さんが笑う。
「ほれ、地獄子も食っとけ。こっから箒で帰んないといけねぇんだからよ」
そう言ってトングを持った小守が、私の皿に手際よく焼いた肉をポンと渡してくれた。
「あ、ありがと……」
「小守ー、私にもお肉ください!」
天国美が皿を突き出すと、小守は無言でトングを動かし、彼女の皿の上にピーマンとピーマン、それからピーマンとピーマンとピーマンを載せた。
緑一色になった皿を見て、天国美が絶叫する。
「ちょっと!? ピーマンばっかりじゃないですか!! どういうつもりですか!?」
「は? んなもん嫌がらせに決まってんだろ」
「こ・の・くそガキ~!!」
天国美の額に青筋がびきびきと浮かぶ。
そんな二人を横目に焼きたてのお肉を口に運ぶと、ジューシーな旨味が広がって、疲れた身体に染み渡っていくようだった。
「ママー、お肉もいいけどさー。オレ、ママの血ぃ飲みたい。さっき地獄子助けたし、いいでしょー?」
さっきまで突っぱねていた小守が、急に甘えた声を出しながら楓子さんにすり寄っていく。
「はいはい、ちょっと待っててね」
慣れた様子で楓子さんが自らの人差し指を小さく噛み切り、ぷつりと赤い血を滲ませた。
「わーい!」
小守はその指に嬉しそうにちゅうちゅうと吸い付いていく。
その光景を見て、天国美がピーマンを咥えたまま首を傾げる。
「ずっと気になってたんですけど、なんで小守は楓子さんのこと『ママ』って呼ぶんですか?」
小守は指を離し、ふっと遠い目をしながら胸に手を当てた。
「確かにオレはママの産道を通ってないかもしれねぇ。……だけどオレは、ママの『心の産道』を通っているのさ」
「かっこいい表情で何キショイこと言ってるんですか?」
天国美が完全にジト目で小守を睨みつける。
しかし、小守はどこ吹く風で言葉を続けた。
「……家族っつーのは血の繋がりじゃねぇ。心の繋がりを言うのさ。そうだよなっ、ママ?」
「ふふっ、確かに小守の言う通りかもしれないね」
楓子さんが愛おしそうに小守の頭を優しく撫でる。
「家族は、心の繋がり……」
天国美が、その言葉を噛みしめるように小さく復唱する。
血の繋がりではなく、心の繋がり。
その言葉は、私の胸の奥に冷たい棘となって刺さった。
脳裏に浮かぶのは、母親の顔。
母と私の心は、きっと繋がっていない。血は繋がっていても、心が離れてしまっているのなら――私には、家族なんていないのと同じだ。
急に世界から放り出されたような寂しさに襲われ、思わず視線を落とした、その時だった。
「ご、ご主人様!!」
グイッと、天国美が私の腕を掴んだ。
「……何?」
顔を上げると、天国美は見たこともないくらい顔を真っ赤にして、視線を泳がせている。
「あの……その……お、」
「お?」
「……『おねぇちゃん』って、呼んでもいいですか?」
「……っ」
予想もしなかった言葉に言葉を失う私を見て、天国美は慌てて両手をブンブンと振った。
「あ、いや、すいません! 何言っちゃってるんだろ私! やっぱ今のなし! 今の嘘です! 忘れてくだ――」
「いいよ」
「へ?」
呆然とする天国美に、私は少し照れくささを隠しながら微笑んだ。
「元々『ご主人様』なんてガラじゃなかったし。好きに呼んでいいよ」
口にしてから不思議に思った。天国美から「おねえちゃん」と呼ばれることが、驚くほど自然に、すとんと胸に腑に落ちたのだ。
「おねえちゃん……」
天国美が小さく呟く。その大きな瞳にみるみるうちに涙が潤んでいき――次の瞬間、まるで真夏の太陽が弾けたような、最高の笑みが咲いた。
「おねぇちゃん!!」
「ちょっ!? いきなり抱きつかないでよ!?」
勢いよく飛び込んできた天国美の柔らかい温もりが、私の身体を包み込む。
「おねぇちゃん、おねぇちゃん!」
「分かった、分かったから!!」
騒がしくも温かい私たちの様子を、楓子さんがスープを啜りながら優しく見守り、小守はフンと鼻を鳴らしてタコをひっくり返している。
気がつけば、あれほど騒がしかった海辺は、波の音だけが穏やかに響く静かな夕暮れを迎えていた。
空は燃えるようなオレンジ色から、深い紫色のグラデーションへと移り変わり、きらきらと光る水面が世界を茜色に染め上げていく。
「さて、名残惜しいけれど、そろそろ帰ろうか」
楓子さんの合図で、私たちはそれぞれ箒を構え、波打ち際からふわりと大空へと飛び立った。
眼下に広がる夕焼けの海。
「おねぇちゃん! 見てください、夕暮れがすっごく綺麗です!」
隣を飛ぶ天国美が、箒の上で嬉しそうに何度も私に手を振ってくる。
その声が、今はなんだかくすぐったくて、ひどく愛おしかった。
様々なトラブルに巻き込まれた夏の日に、
私と天国美は姉妹になった。
(タイムリミットまで、あと45日。)
コメント
3件
第13話、読み終わりました!バーベキューでわちゃわちゃするみんなの様子が微笑ましかったんですが、天国美ちゃんが「おねぇちゃん」って呼びたいと言い出したところ、もう胸がぎゅっとなりました…。家族って血の繋がりだけじゃないんだなって、楓子さんと小守の会話も沁みましたし、主人公がそれを噛みしめるシーンも切なかったです。最後の夕焼けの空も美しくて、でも「タイムリミット45日」の文字が気になって仕方ないです!続きが待ち遠しいです🌇