その後葉月は賢太郎から離れると、慌ててキッチンへ向かい、アイスペールの氷を入れ替えた。
一方、賢太郎は二階へ航太郎の様子を見に行った。
賢太郎の姿が消えると、葉月は深呼吸をして心臓の鼓動を落ち着かせようとした。
(なにドキドキしてるのよ葉月! 年下の男なんて、これまで範疇外だったじゃないの)
葉月は、今まで感じたことのないトキメキに戸惑っていた。
(ううん……気弱になっていたところへ優しくされたから、きっと勘違いしちゃったのよ……)
葉月はそう自分に言い聞かせると、アイスペールを持って庭へ戻った。
庭では、元夫の啓介が但馬牛のステーキを頬張っていた。
先ほどの不機嫌が嘘のように、今はすっかり上機嫌だ。
きっと皆がおだてて持ち上げてくれたのだろう。
バーベキューコンロの方を見ると、舟木が最後のシメの焼きそばを作っていた。
「あ、舟木さん、すみません」
「大丈夫ですよ。僕は料理が苦手なんですが、焼きそばだけは得意なので。さぁ、座っていてください。葉月さんは普段から家事でお疲れでしょうから」
「本当にすみません、ありがとうございます」
葉月は新しい缶ビールを持って、莉々子たちがいるテーブルへ戻った。
(舟木さん、本当にいい人だなぁ。本当は、あんな人と結婚すれば幸せになれるんだろうなあ。でも、どうしてもそういう対象で見られないのよねぇ。あーっ、舟木さんには、いい人と出会って欲しいなー)
その時、家の脇から一人の女性が姿を現した。
「わぁ、まだやってたんですね! 今からお邪魔してもいいですか?」
それは、葉月のアパートに住んでいる、丸山彩香(まるやまあやか)だった。
彩香は32歳の独身で、茅ケ崎にあるレストランに勤めている。
「あれ? 彩香ちゃん? 今日はデートじゃなかったの?」
「そうなんですけど、ちょっと葉月さん! 聞いてくださいよー」
彩香は勢いよく話し始めた。
「実は今日、私の誕生日だったんですけど、彼、誕生日のことをすっかり忘れていたんです。普通、誕生日にデートに誘われたら、お祝いしてくれると思いますよね? でも、彼、ラーメン屋に行こうとしたんですよ? ひどくないですか?」
「へぇ、彩香ちゃんお誕生日だったんだ、おめでとう! えー、でも、それはひどいね。で、その後どうしたの?」
莉々子が尋ねた。
「もちろん、振ってきました」
「「「えっ? 別れちゃったのっ!?」」」
その場にいた三人は、驚きのあまり声を上げた。
「はい。私、そういうところは潔いんです」
「潔いって……随分あっさりじゃない?」
「そうよ、付き合い始めてから、まだそんなに経ってなかったわよね?」
「はい。だからスパッと別れたんです」
「それでいいの?」
「もちろんです! 自分が求める『恋人の条件』に合わなければ、だらだら付き合っていても時間の無駄ですしね」
葉月は、彩香が口にした『恋人の条件』という言葉が気になる。
「彩香ちゃん! 彩香ちゃんが求める『恋人の条件』って、一体どんなこと?」
「条件ですかー? そうですねぇ、まずは、記念日を忘れないことは必須ですね。あとは、優しくて気配りができる人とか、一緒に歩いていて恥ずかしくない人とか? あ! それと、ある程度お金もないと困りますよね? 結婚してからお金のことで揉めたくないし。あとはなんだろう?」
「アハハッ、それってなんか、随分と都合のいい条件ばかりじゃない?」
莉々子は笑いながら言った。
すると、彩香は当然のように言い放つ。
「当たり前じゃないですか! 男女平等なんて世間では言われてますけど、やっぱり女の幸せって、パートナー次第だと思うんですよねー。だから、男選びはしっかりしないと。妥協も許されません!」
「彩香さん、さすが! しっかりしてるー」
亜美は感心し、思わずパチパチと拍手した。
その時舟木が、焼きそばを盛った皿を女性たちの元へ持ってきた。
「焼きそばができましたよ。さぁどうぞ!」
「うわぁ、ありがとうございます」
「舟木さん、すみません」
「美味しそ~」
「あ、こちらの方は?」
初対面の彩香は、舟木を見て葉月に聞いた。
「あ、こちらは私のお友達の舟木さん」
「どうも、舟木と申します」
「こんばんは。隣のアパートに住んでいる丸山と申します。ところで、舟木さん……私、どこかでお会いしたような気がするのですが……」
「えっと、どこででしょう?」
舟木の方は、思い出せないようだ。
「たしか以前……あっ! もしかして、お店のエクステリアの工事かな?」
「お店ですか?」
「はい。私、茅ケ崎にある鳥澤酒造のレストランで働いているんです」
「あ! わかった! あの時の外構の工事か!」
「わぁ、やっぱり! どうりで見覚えがあると思っていました」
葉月と莉々子は目と目で合図をしたあと、ビールを持って庭の縁側へ移動した。
「あの二人、なんだかお似合いじゃない?」
「私も思った。なんかすごくしっくりくるよね?」
「だよね。ふふっ、楽しそうに話してるわ」
「うん。このまま上手くいくといいね」
「そうだね。で、そっちはどうなの?」
「え? どうって何が?」
「さっき、元旦那が声を荒げていたじゃない?」
「ああ、あれね。だってひどいんだもん、航太郎が嫌がっているのに、無理矢理会いに行こうとするから……」
「なるほど、それで喧嘩になったんだ」
「うん。でもマズいことに、全部航太郎に聞かれちゃったみたい。私もつい感情的になりすぎちゃったわ……」
「しょうがないよ。向こうがルールを破ったんだから。家には絶対に入れないって、葉月ちゃんずっと言ってたもんね」
「うん。本当は庭にだって入れたくないわよー。でもさぁ、なんで浮気して家庭を壊した男の方が、堂々としてるんだろう?」
「本当だよねー。でもさ、神様はちゃんと見てるから、いつか天罰が下るって」
「ならいいけど……。早く縁を切りたいよー、あんな奴とは」
「航ちゃんが20歳になるまでの我慢だよ。あと少し頑張れ!」
「うん……」
その時、雅也が立ち上がって、大声で話し始めた。
「えーっ、それではお知らせします。ここで皆様と出会ったのも何かのご縁! せっかくですから、さらなる親交を深めるために、明日、急遽サーフィン大会を開催することにしました! はい、拍手―っ!」
「「「えぇーーーー?」」」
その場にいた全員が驚いた。
「うちの家内がサーフショップで働いていますので、道具はすべてそこでレンタルできます。ですから皆様、明日は是非サーフィン大会にご参加下さい。あ、もちろん、サーフィンが初めての方は、親切丁寧にご指導しますねー」
「えー? サーフィンなんて、僕できるかなぁ?」
舟木が不安そうに呟く。すると彩香が言った。
「私もやったことないですけど、面白そうだからやりまーす! ほら、舟木さんも!」
そう彩香に言われた舟木は、まんざらでもなさそうだ。
すると今度は、宮崎夫妻が言った。
「俺は前からちょっとやってみたかったんだよね」
「私も! 莉々子さんたちが教えてくれるなら、私たちもやりまーす」
さすが、若い夫婦はノリノリだ。
そこで葉月が莉々子に聞いた。
「あれって雅也さんの提案?」
「そう。実は、葉月の元旦那にやらせるのが目的よ。みっともない格好で恥を晒したら、二度とここへは来なくなるでしょう? 野村さんって結構プライド高そうだしね。いい作戦だと思わない?」
「ふふっ、名案かも! あの人たしか、マリンスポーツはヨットしか経験ないし」
「じゃあ決まりね! 葉月は昔少しやってからいいとして、航ちゃんも、小学生の時におじいちゃんとやってたもんね? あ、あとは桐生さんか……彼はどうかなぁ?」
「それ以前に、明日暇かどうかもわからないわよ?」
その時、ちょうど賢太郎と航太郎が庭に姿を現した。
雅也は早々二人に説明を始める。
一方、啓介はこんなことを思っていた。
(おそらくあいつもサーフィン未経験だろう。ふふん、実は俺は大学時代に少しやったことがあるんだ。だから、明日は俺のカッコいい姿を葉月と航太郎に見せつけて、こいつを一気に蹴落としてやる。そうすれば、航太郎も父親の偉大さがわかるだろうからな)
心の中でそう呟いた啓介は、思わずニヤリと笑みを浮かべた。
コメント
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いやいや啓介に勝ち目はないぞ😂プライドが高くて張り合ってるのが残念過ぎる。 賢太郎さんはサーフィンできそう🤭サーフィン🏄姿見ちゃったら眼福だし惚れるね🤩🤩💕
賢太郎さん優しいね 航太郎君が心配で見に行くなんて もうパパだよね それに引き換え元旦那の自己中 大学の時サーフィンしていたからって 今もかっこいいと思えるあたりが寒い‼️ きっと賢太郎さんはサーフィンもかっこよく決めて葉月ちゃんと航太郎君の❤️を射止めるよね その隣でダメダメな元旦那‼️ 恥ずかしくてすごすご退場になるといいな そして舟木さんと彩香ちゃんもうまく行くといいね😊
舟木さんいい感じな雰囲気じゃない😉 元旦那はいつまでいるつもりなんだろう😮💨 まさか葉月さんの家に泊まるつもりじゃないよね! そんなことはきっと賢太郎さんが許さないな😤 明日のサーフィン大会楽しみ✨