第20話:私の“好き”を探して
休日の午後、ミオは一人で街に出ていた。
制服ではなく、ベージュの薄手のパーカーにグレーのプリーツスカート。
前髪は左に流し、いつもよりしっかりとメイクをしていた。
鏡を見ながら「普通っぽくなりたい」と思った自分に、少し驚いていた。
駅前のビジョンには、恋レアの広告が流れていた。
今週の恋愛スコアランキング、特集された“バズった告白”、限定カード《未来予告》のCM。
街はあいかわらず、誰かの“好き”で埋め尽くされていた。
スマホを取り出すと、アプリが静かに震えた。
「今日の気持ちを記録しますか?」
そう問いかけるように画面が開かれ、ミオはそっと閉じた。
自分の気持ちを、いちいち数値に記録する必要があるのか。
“好き”って、本当にそんなふうに扱っていいものなのか。
彼女はその答えを探すように、街のいろんな場所を歩いた。
カップルがベンチでカードを使って笑い合う公園。
恋レアトーナメントの予選が行われている商業施設の広場。
そして、カードをまったく使わず、黙って向き合っていた老夫婦のカフェ。
ミオは、そのカフェに入った。
木のテーブルが並ぶ、静かな店内。
ガラス越しに入る光のなかで、老夫婦が向かい合って座っていた。
ふたりの手元にはスマホもカードもない。
けれど、その間に流れる空気は、どの演出よりも温かく見えた。
ミオはカウンターでホットミルクを注文した。
カップを持つ手が少し震えていたが、それでも心は落ち着いていた。
“好き”とは何か。
演出のない気持ち、演技をしない感情、自分から出た言葉。
それを探している自分がいることに、ようやく気づけた。
帰り道、歩道橋の上でスマホが再び震えた。
アプリが《自己記録モード》を提案してきた。
「カードを使わずに感じたことを、記録しますか?」
ミオは指先で“いいえ”を選んだ。
今だけは、自分の心にしか残らない“好き”を、大事にしたかった。
制服を着ていないのに、風が心地よく感じた。
そして彼女の足は、自然とある場所に向かっていた。
そこには、制服姿の大山トキヤがいた。
今日はパーカーにジーンズ。スマホは持っていない。
代わりに、胸ポケットに折りたたまれたメモ用紙が入っていた。
トキヤがふとミオに気づくと、小さく手を挙げた。
ミオはそれに頷き返す。
何も話さなくても、心が近づく瞬間。
それは、カードでは発動しない感情だった。
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