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#心霊
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しばらくして、非常電源が低いうなりを立てて戻り始めた。天井の端に並ぶ非常灯が、ひとつ、またひとつと淡く息を吹き返す。完全な明るさにはほど遠い。けれど闇だけの時間は終わった。
放送室ではラウールが、マイクの前で青い顔をしていた。紙を持つ手が目に見えて震えている。もともと緊張すると噛む男だ。こんな非常時に完璧な言葉を求める方が酷だった。
それでも彼は逃げなかった。
「え、えー、館内の皆さま……ただいま安全確認を進めています。係の案内に従って……」
一度、言葉がもつれる。喉仏が上下する。だが深く息を吸い、今度は最後まで言い切った。
「慌てずに、落ち着いて行動してください」
マイクを置いたラウールは、ぐったりした顔でディアビレを見た。
「次、あなた」
「私?」
「今、言うべきことがある顔してる」
そんな顔をしているつもりはなかった。だが彼の言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが定まる。証拠のことも、売却のことも、今日まで飲み込んできた悔しさも、宿泊客を守るために走った皆の姿も、全部ばらばらではなく一本につながった気がした。
ディアビレはマイクの前に立つ。掌が熱い。怖さがないわけではない。けれど今さら、黙る方がずっと怖い。
スピーカーの向こうに、館内じゅうの息遣いがある気がした。
「聞こえますか」
自分の声が、少し遅れて返ってくる。
「このホテルは、今、嵐の中にいます。でも、ここで働く人も、泊まっている人も、誰ひとり勝手に終わらせていい人はいません」
喉が震える。けれど止まらない。
「この場所を、勝手に終わらせない」
その宣言は、怒鳴り声ではなかった。むしろ静かだった。けれど、だからこそ強かった。海の底からまっすぐ浮かび上がるような声で、館内のすみずみへ届いていく。
放送室の隅で、ジナウタスが目を細めた。ラウールは口をぽかんと開け、フレアは毛布を抱えたまま笑っている。
ディアビレはマイクから手を離した。胸の中はまだ熱かったが、不思議と息はしやすくなっていた。
もう、裏方の声ではなかった。