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フロアに戻った華子は、早速野村の横につき一から色々と教えてもらう。
カフェのバイトは大学時代に少しだけ経験がある。
その店は、全国展開のチェーン店だったので全てがマニュアル通りに動く感じだった。
しかし、この店は個人経営の店なので特にそういったマニュアルはないようだ。
挨拶の仕方も、特に決まり事はないようで、自分の好きな言葉を使えるのは有り難い。
ドリンクのメニューも、全国展開の有名カフェに比べると種類が少ない。
クリームやトッピングを載せたり、季節限定メニューを覚えるといった面倒な事が一切ない。
その点は楽そうだ。
そして、コーヒーの味にこだわった老舗喫茶店のように一つ一つドリップする必要もない。
最新のマシンに任せれば、安定した美味しさのコーヒーがいつでもすぐに提供出来るのだ。
華子は、この店の合理的な経営方針が気に入った。
この店はまさにフランチャイズ店と老舗喫茶店の中間といった立ち位置のようだった。
朝九時半になると、店がオープンした。
オープンと同時に沢山の客がなだれ込んで来たので華子は驚く。
店舗の立地が良い事ももちろんあるだろうが、
それだけで朝一番に、ここまで混むだろうか?
近くには有名カフェや喫茶店がいくつもあるのだ。
店のオープンと同時に、店長の中澤とパートの野村は大忙しで客の対応に追われていた。
オープン直後は客が途切れるまで華子に指導する暇がないので、
華子はテーブル拭きや食器洗い、それにミルクやシュガーなどの備品の補充に専念した。
二人が忙しそうにしている間は邪魔しないようにする。
時折二人の方に目をやると、大量の客を中澤と野村の二人でさばくには限界があるように思えた。
(何か手伝った方がいいかしら……?)
少し手持無沙汰な華子がそう思っていると、バックヤードから陸が出て来た。
陸はレジ前の長い列に並んでいる客へ近づくと、一人一人にメニューを手渡す。
「お待たせして申し訳ありません、もう少々お待ち下さい」
と爽やかな笑顔で声をかける。
すると女性客達は一斉に頬を赤らめ嬉しそうな表情になる。
(もしや朝イチの客ってアイツ目当てで来ているの?)
華子はピンときた。
この店が開店時間から混んでいる理由は、陸目当ての客が多いからだったのだ。
レジに並んでいる客を観察すると、男性客もチラホラいるが8割は女性が占めている。
デパートが開く前に立ち寄ったマダム、
仕事前のOL、
その誰もが、陸の一挙一動を目で追っている。
(分かりやすっ!)
華子は心の中でそう呟いた。
陸は、荷物を沢山手に持ったマダムのトレーを、席まで運んであげていた。
マダムが椅子に座る際には、椅子まで引いてあげている。
するとマダムはポッと頬を染め嬉しそうな笑顔で陸に礼を言う。
華子はその様子を、口をポカンと開けたまま眺めていた。
そこへ、やっと手が空いた野村がやって来て言った。
「陸さんモテるでしょう? 朝イチの客は、ほとんど陸さん目当てなのよ」
と言って笑った。
野村の話によると、最近この店はアルバイトが一人急に辞めたので、
午前中は陸が毎日応援に入っているそうだ。
陸が店に姿を見せるようになり、朝一番に訪れる客の数がどんどん増え始めて現在のような状況になったらしい。
「前はもうちょっと空いていたのよ。びっくりでしょう?」
「凄いですね!」
華子は苦笑いをしながらそう答えた。
(ホストクラブでもやった方が儲かるんじゃないの?)
華子はそう思いながらフンッと陸から顔を背けた。
十時半を過ぎると、店内も少し落ち着いてきた。
デパートがオープンすると、マダム達は一斉にいなくなる。
それと入れ替わるように、一人客がぽつりぽつりと増え始める。
この時間から正午前までは、カフェで読書を楽しんだり買い物途中に休憩する一人客が多くなる。
店の中にも静寂が戻ってきた。
店長の中澤とパートの野村も、漸くホッと一息つけるようになった。
レジに客がいなくなったので、野村は華子を呼び、飲み物の作り方を教えてくれた。
教えると言っても、コーヒーマシンの使い方がメインだった。
まずは、一番注文の多いブレンドコーヒーを入れてみる。
華子は言われた通りにコーヒーマシンに豆をセットし、ドリップが終わると温めておいたカップにコーヒーを注ぐ。
「簡単でしょう?」
「ええ、ほんと!」
「三船さんが一番最初に入れたこのコーヒー、陸さんに持って行きましょう。陸さんはいつもブレンドしか飲まないから。で、
三船さんは何を飲む?」
「えっ? 私も飲んでいいんですか?」
「もちろんよ。味を知っておかないとお客様に聞かれた時に説明出来ないでしょう?」
野村はそう言って微笑んだ。
「じゃあ、カフェラテにしようかしら?」
「じゃあこっちのマシンを使ってね。カフェラテのベースはエスプレッソだから」
野村はそう言って、エスプレッソマシンの方へ移動する。
エスプレッソの機械には、ミルクを泡立てるミルクフォーマーがついていた。
この泡立てたミルクを使ってカフェラテを作る。
野村に言われた通りにやってみると、
華子でもカフェラテが簡単に作れた。
「あ、この泡でラテアートを作るのね」
「そうよ! 簡単なラテアートならすぐに出来るから、次にやってみましょうか」
「はい」
素っ気ない返事をした華子だが、作るならハート形のラテアートがいいなと密かに思った。
野村はトレーに飲み物を載せると、華子に渡した。
「午前中の休憩は10分よ。奥の控室で飲んでいらっしゃい」
昼休み以外にも休憩がある事を知らなかった華子は、驚いて野村に聞いた。
「いいんですか?」
「もちろんよ。短い休憩は午後にももう一度あるから。初日で、それも立ちっぱなしで疲れたでしょう?」
「ありがとうございます。ではお先に!」
華子はそう言うと、トレーを持って奥の休憩室へ向かった。
コメント
1件
カフェの仕事は華子が本気で取り組めば難なさげだし覚える事はできそう‼️店長も野村さんも優しそうだし、きっと陸さんのスタッフやお客さんに対する気持ちがそのまま反映されてるお店なんだね☕️🍰🍹 華子がまっさらな気持ちで仕事を覚える気持ちがあれば陸さんも他のスタッフさんも華子のことを応援してくれると思うな🎶