テラーノベル
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次の日、美月は遅めに目覚めた。
別れ際にあんな事があったのに、意外にも夜はぐっすり眠れたようだ。
海斗とのキスは、今はあえて深く考えないようにしていた。
昨日の事を一つ一つ思い出すと、どれも楽しい事ばかりだった。
海斗の迫力ある演奏と歌声、ドライブ中の高速の景色、海辺の桜貝、オレンジ色に染まる夕日、そして素敵なレストランと神秘
的な夜の海。
こんなにも心から楽しめた日はあっただろうか?
少なくとも離婚後、そして父の死後は一度もなかったように思う。
月が人を癒すように、海にも人を癒す力があるのだろうか?
いや、海ではない。
その時美月は、自分は『海斗』に癒されていたのだという事に気付いた。
海斗はいつも美月のことを気にかけてくれ、手を差し伸べてくれる。
美月に不安を感じさせないように、常に先回りをして気遣ってくれる。
そんな海斗の優しさにより、美月は癒され、そして守られていたのだ。
離婚してからずっと本当の自分を見失っていた。
顔で笑っていても、心はいつもしんどかった。
周りに人がいても孤独だった。
でも昨日の美月は昔のように自然に笑っていた。一人じゃない安心感に包まれていた。
昨日海斗と過ごした時間は、美月を本当の自分に戻してくれた。
気づくと美月は声を出して泣いていた。
嗚咽を漏らしながらしばらくの間泣き続けた。
その頃、海斗は事務所に顔を出していた。
海斗の傍へマネージャーの高村が近づいて来て、声をかける。
「海斗おはよう! 昨日はお疲れさん」
あんな事があった後だ。
いつもだったら高村は二ヤニヤして美月との事を冷やかしてくるはずなのだが、この日の高村は一向にからかう様子がない。
その代わりに海斗にこう言った。
「彼女、いい子だったな」
海斗はそんないつもと違う高村に驚いた様子で答える。
「ん? あ、ああ」
高村がからかわなかった理由は、海斗が本気だという事がわかったからだ。
海斗とは長い付き合いなので、今では海斗の事は手に取るようにわかる。
今回は今までの女達とは違う。海斗は彼女の事を真剣に考えている。それが高村にはすぐにわかった。
そして最近の海斗を見ていると、仕事に対する情熱が増している。
おそらく良い恋愛というのは、仕事に対する男の姿勢をいい方向へ変えるほどの力があるのだ。
仕事に良い影響をもたらす恋愛に、口出しするなんて野暮な事はしない。
実は高村は、本音では海斗にそろそろ幸せになってもらいたいと思っていた。
仕事中心の生活で多忙を極め私生活を犠牲にさせてきた海斗に対し、マネージャーとして申し訳ない気持ちがずっとあった。
「あいつも、もういい歳だしな」
高村は廊下を歩きながらそう呟いて笑った。
海斗は、午後からまたスタジオにこもり精力的に仕事をこなしていった。
昨日美月と過ごした時間は、海斗にとてつもないパワーを与えてくれた。
それほど昨日の出来事は、海斗にとってもかけがえのない時間となっていた。
この日は海斗達は夕方までスタジオにいた。この辺で終わりにするかと一旦音合わせを終える。
そして海斗はメンバーと別れて車で自宅へ向かった。
海斗が何気なくカーラジオをつけると、
「来週土曜の満月は、スーパームーンですね」
「スーパームーンとは何ですか?」
「スーパームーンは今年見える満月の中で一番大きく見える満月の事です」
「え? 月っていつも同じ大きさに見えるのかと思っていました」
「違うんですよ。このスーパームーンは月と地球の距離が短くなることによって起きる現象なのです。つまり土曜日の月は地球
に一番近づく満月なので大きく見えるんですね」
「なるほどー、それは知りませんでした。では今回の満月はかなり見応えがありますね」
「はい。お天気も今のところ晴れそうですから充分期待できますね」
そんなやり取りが続く。
「スーパームーンか。彼女と初めて会ったのも満月の夜だったな…あれからもう一ヶ月近く経つのか」
海斗はぼんやりとそんな事を考える。
そしてマンションへ帰る途中、あえて美月のアパートの前を通ってみた。
しかし部屋の電気は消えていた。
「今日は確か遅番だったな」
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海斗はそう呟くと、諦めてマンションへ戻って行った。
その日美月は遅番勤務だった。
午後から出勤して午後9時までの教室を終え、漸く帰路についた。
美月は今日、昼休みの空き時間に桜貝を入れる入れ物を雑貨店で探し回った。
ちょうどアンティーク風の素敵なガラスの小瓶を見つけたのでそれを購入する。
家に帰ったら桜貝をすぐにこの小瓶に入れてみよう…美月は早く入れてみたくて急いでアパートへ向かった。
家に帰ると、昨日洗って乾かしておいた桜貝を早速その小さな瓶に入れてみた。
するとサイズもちょうど良くピタリと綺麗に貝殻が収まった。
美月はその小瓶をお気に入りの雑貨が並ぶ窓辺に置いた。
瓶の中の桜貝を眺めているだけで、とても幸せな気分になるから不思議だ。
美月は子供の頃、父に買ってもらった貝の図鑑が大のお気に入りでいつも見ていた。
そこに載っていた桜貝を見て一目で虜になる。
薄ピンク色の繊細な貝が、鎌倉で採れると知りいつか行ってみたいと思っていた。
そして思いがけず昨日その夢が叶った。
だから桜貝を見つけた時は、飛び上がるほど嬉しかった。
(宝物にしよう)
美月は微笑みながらそう思うと、嬉しそうにいつまでもその小瓶を見つめていた。
コメント
6件
良い恋愛をすると、仕事もプライベートも充実度が違いますよね。美月ちゃんは、海斗さんが癒しになっていると気がつきましたね🤭海斗さんの引力にグイグイ引っ張られて、美月ちゃん幸せになぁれ🥳
高村さん✨素敵✨ これからも2人を見守ってあげて下さいませ💕💕💕宜しくお願いします(*´艸`*)✨