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廊下に出ると、バザロフは自然な仕草でティアに腕を差し出す。
顔は怖いけれど、バザロフは女性に対する接し方を弁えている。どこぞのエリート騎士とは違い、問答無用で抱き上げるような不埒な真似はしない。
ティアも、バザロフに触れることには何の躊躇もないので、失礼しますと断りを入れ、するりと自分の腕を突っ込んだ。
二人は長い廊下を、ゆっくりりと靴音を響かせながら歩く。
カ……ツ、ぽ……て。カ……ツ。ぽ……て。
こらえ性のないグレンシスならティアを担ぎ上げるところだが、バザロフは苛つく様子もなく、ティアに労わりの言葉をかける。
「ティア、もう少しゆっくり歩いたほうが良いか?」
「いいえ、大丈夫です……バザロフさま、もう少し早くても大丈夫です」
「そうか」
ティアの言葉に頷くけれど、バザロフの歩く速度は変わらない。これが二人の関係で、おそらく一生変わらないだろう。
バザロフは、ティアに対してとても寛容だ。めったに自己主張をしないティアが望むことは、絶対に否定をしないし、あれやこれやと押し付けることもしない。
ただ、いつかティアが気負わずにそう言える相手が見つかれば良いと切実に思っている。現在、その可能性が一番高いのはグレンシスだ。
だからバザロフは、大切な愛娘が怪我を負い、病床にまで就いてしまった責任をグレンシスに取らせようと思ったけれど、グッと堪えることにした。
「……まぁ、儂が鉄槌を下さんでも、あやつが黙っておかないか」
「バザロフ様、何かおっしゃいましたか?」
「いいや、何も」
バザロフが笑って誤魔化しながら歩き続けていれば、エントランスの階段に到着した。
慎重に階段を降りきると、丁度別の方向から私服姿のグレンシスと、騎士3人が玄関扉に向かって歩いてきた。
その3人の騎士に、ティアは見覚えがあった。
「あ、こんにちは。ティアさん」
最初にバザロフとティアに気付いたカイルは、グレンシスに一礼すると、パタパタとティアの元に駆け寄った。
「お久しぶりです。ああ、良かったぁー、お元気そうになられて。ロハン隊長から、もう大丈夫って聞いてはいたんですが、お目にかかれて嬉しいです」
屈託なく笑った途端、くせっけのカイルの前髪がぴょこんと跳ねる。けれど、すぐにカイルはシュンと肩を落とした。
「あの時、ティアさんの体調不良に気付けなくって、申し訳なかったです」
「え、いえ……そんな」
まったく世話を焼かせてと、文句の一つでも言われると思っていたのに、労わりの言葉を向けられたティアはたじろいてしまう。
けれど、そんなティアを無視して、トルシスとバルータも勢いよく頭を下げた。
「俺たち体力馬鹿だったから、その辺、気が回らなくって。すいません」
「と、とんでもないですっ」
「俺、女の子が乗った馬車を御したの初めてだったんで……すんませんっ。乗り心地、ぶっちゃけ悪かったすよね!?」
「そんなことありませんっ」
わいのわいのとティアに言葉を掛けていた3人を止めたのは、わざとらしい咳払いだった。
「おっほん。その辺にしておけ」
バザロフとしたら軽く窘めたつもりだったけれど、三人の騎士達は死刑宣告でも受けたかのように顔色を無くした。騎士達にとって、バザロフは雲の上の人間なのである。
「じゃあ、儂は行く。ティア、しっかり養生しろ」
石像のように固まってしまった騎士達を無視して、 バザロフは慈愛に満ちた眼差しを向けられたティアは「はい」と小さく頭を下げる。
そうすればバザロフは、いつも通り別れの挨拶として、大きな手でティアの頭をくしゃりと撫でた。
その途端、部下の3人は信じられないものを見たかのように、びくっと身体を強張らせた。
「グレン、突然邪魔してすまなかったな」
「いえ」
最後に形式上の礼儀として、バザロフは屋敷の主人に短く声をかけて玄関扉へと向かうが、グレンシスとすれ違う瞬間、パパロフの表情となり意味ありげな視線を投げつけた。
***
玄関の扉が閉まれば、ついさっきの喧騒が嘘のようにホールは静寂に包まれる。
途端にティアは、グレンシスがそこにいることに妙に意識をしてしまう。
グレンシスは今は休暇中だと言っていた。最近毎日見ている私服姿は、慣れることなくティアに新鮮なときめきを与えてくれる。
ただ、やっぱりグレンシスと二人っきりになることも慣れなくて、必要以上にそわそわしてしまう。
落ち着きがない女と思われたくないティアは、すぐに部屋に戻ろうとするが、踵を返す前にグレンシスから声を掛けられてしまった。
「ティア、ついでだ。少し庭を歩こう」
「っ……!?」
グレンシスからの思わぬ申し出に、ティアは目を丸くする。けれど、少しの間を置いて小さく頷いた。
そうすれば、グレンシスは自然な流れで自分の肘をティアに差し出す。
薄手の上着を羽織った逞しい腕を見つめ、ティアはしばし固まる。
「ほら」
「あの……でも……」
「いいから、早くしろ」
グレンシス急かされてしまい、ティアはバザロフの時とは打って変わって、とてもぎこちなく、グレンシスの腕に自身の腕をからめた。