テラーノベル
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相談室のドアが、今日はほとんど間を置かず開いた。
ノックすら雑だし、入ってくる動きに遠慮がない。
「来た」
「知ってる」
蓮司は机に肘をついたまま視線だけを向ける。
相談者は慣れたように向かいの椅子に座り、ため息をひとつ。
「今日、ちょっとムカついてるから長いかも」
「長文歓迎」
「いや、そういう意味じゃなくて」
相談者は髪をくしゃっと掴んで、吐き捨てるように言った。
「親にさ、“昔はもっと頑張れてたよね”って言われた」
「よくあるやつ」
「殺意湧いた」
「だろうね」
蓮司の軽さは変わらない。
それが相談者には逆に話しやすいらしい。
「なんで親って、“あのころは伸びてたのに”とか言うかな。
成績のこととか、部活とか、なんでも“昔のほうが良かった”」
「昔は美化しやすい」
「親が?」
「もちろん本人も」
相談者はしばらく黙り込んで、唇を噛む。
「昔の自分と比べられるの、ほんとキツい。
こっちは努力が足りないって言われてる気しかしない」
「実際そう聞こえるように言ってくる大人もいるし」
「蓮司は言わないでね」
「面倒だから言わない」
「はいはい」
小さく笑って、また視線を落とす。
「なんかさ……今の自分を見られてない感じするんだよ」
「見てないよ」
即答。
「ひどくない?」
「事実」
蓮司は椅子を回しながら言う。
「昔のデータを持ち出してくる時点で、
“今”を評価する気がないって自己申告してる」
「それ、親に言って」
「嫌だ」
「だよね」
相談者は脚を組み替え、机につっぷした。
「俺さ。
昔より頑張れない自分が悪いって、ずっと思ってたんだけど」
「違う」
「まだ何も言ってない」
「どうせ“落ちたなって思われてる気がする”だろ」
「……図星」
蓮司はため息でもつきそうな気配で、言葉を続ける。
「昔のほうが出来が良かったからって、
今の自分がダメになったわけじゃない。
むしろ、昔の自分は“無意識で頑張れた時期”だっただけかも」
「……いまは?」
「頑張れないじゃなくて、
頑張り方を変えなきゃいけない時期」
相談者はゆっくりと顔を上げた。
「でもさ。
親の言葉、刺さるんだよ。
“なんであの頃はできてたのに”って、
毎回ちょっと心削られてる気がする」
「刺さるように作られてる言葉だから」
「作られてるって?」
「“説得に便利”なんだよ。
昔を持ち出すと、反論しにくい。説得力あるように見える」
「うわ……それは刺さる」
「刺されてる最中だしな」
相談者は苦笑いし、背もたれに体重を預けた。
「じゃあどうすればいいんだよ。
“昔の自分”に勝てる気しないんだけど」
「勝たなくていい」
「え?」
「昔の自分って“幻”だから。
親の脳内で勝手に編集されてる旧バージョン」
相談者は少し黙ったあと、小さく息をつく。
「……そっか。
幻に負けて落ち込んでたのか、俺」
「そう。相手が実在してないんだから勝負にならない」
「蓮司、淡々と刺すよな」
「特技」
相談者は立ち上がりかけて、また座り直した。
「なんか、ちょっと楽になった」
「勝てない相手と戦ってただけだからな」
「……次言われたら、どう返すべき?」
「“今の俺で話して”」
「言えるかそんなの」
「言えなかったら、ここで練習しろ」
相談者はほんの少しだけ笑った。
「……ありがと。
今日、来てよかった」
「知ってる」
「もう帰る」
「ドアは閉めて」
「うるさいな」
バタンとドアが閉まる。
蓮司は静かになった部屋で、湯のみの残りを一口だけ飲んだ。
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