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西の島エルフィオン エルフバリア塔
「エルフ・バリア光圧、95%…………88%へ低下。――だが、まだ安定圏内だ」
ザルガン研究員が、端末の数値を見て薄く笑うのと同時に、隣で観測ログを取っていた、
アルディン補佐官は眉をひそめた。
「ザルガン、さすがにこれは落ちすぎだろう。光圧がここまで乱れたら、塔の座標磁場そのものが狂う」
「いいから見ていろ、アルディン……」
ザルガンは端末に表示される数値を再度確認し調整した。
「これは“成功”だ。光圧は制御できる……。あとは神石の共振が起これば、ミッションは完遂だ!」
観測室の照明が一瞬だけ揺らぎ、計器の青白い波形が“心臓の鼓動”のように乱れた。
アルディンは一歩だけ身構え、異変の方向へ鋭い視線を向けた。
「……今の、聞こえたよな。塔の奥で心臓みたいな音がしている。俺の勘、こういう時だけ当たるんだよ」
「気のせいだ。むしろ反応が出た証拠だ」
ザルガンは高揚した声で言い放つ。だがアルディンは無言で耳を澄ませた。床下を這うような低い振動は、明らかに“鼓動”だ。塔の外では、白霧に包まれた巨大な輪郭が、“呼吸するように”膨らみ、しぼみはじめていた。モニターにはその異様な脈動が鮮明に映し出されている。
「ザルガン……見ろよ。外の霧、塔に吸われているぞ」
一筋の汗が背中を伝う。だがアルディンの声に揺れはない。霧はまるで意思を持つように塔へ寄り添い、脈動に合わせて内側へ入り込んでいく。ザルガンはその不気味な光景を科学者特有の興奮に満ちた目で眺めていたが、ふと、観測ガラスに映った自分の瞳が、一瞬赤黒い光を帯びて“瞬いた”。
「ザルガン……お前の目。変じゃねえか」
「照明の反射だ。気にするな」
彼は取り合わない。だがアルディンは違和感を忘れなかった。塔の鼓動は先ほどよりもわずかに強くなっていた。
その頃、遠く離れた首都リュカ街では、今日の空がひときわ青く澄み渡っていた。
王都にそびえるバリア塔の尖端には、エルフ・バリアの虹光がたなびき、街全域を包むように輝いている。その虹光は、どこかいつもよりわずかに脈を打っていた。まるで遠方の“何か”と呼応するように。
「必ず……リヴァンを“赤黒い眼”から取り戻すわ……」
“赤黒い眼”——国民の多くが寓話として聞かされてきた怪異の名。
だがスメラ・エヴェリナは、それが寓話ではないことを知ってしまった。
首相リヴァン・カイザの幼なじみであり、元首相秘書官でもある彼女は、部屋の窓を開き揺らめく虹色の結界をじっと見つめていた。その瞳には迷いはなく、揺るぎない決意だけが宿っている。
わずかに疼く胸元を押さえる。それは、彼を思うたびに蘇る痛みだった。
虹光に、不吉な赤がわずかに混じって見えた。
(バリアの色が違う。この光、こんな赤を帯びていたかしら……?
いやな胸騒ぎ……ただの気のせい?)
胸の奥のざわめきが消えぬまま、スメラはそっと視線を落とした。
そのとき、部屋の隅でテレビの明るいテーマソングが鳴り出した。
「ああ、テレビつけたままだったわ。今の胸騒ぎで、気づかなかった」
《生中継! モンスター使いのサラが行く・ロマンの島めぐり!》
軽快なテーマソングに乗せて画面いっぱいに鮮やかな海の青が広がった。
『さあ、今回は王国イーサムの本土から飛行艇で南へ約三時間!
一般にはほとんど知られていない、“特別保護区域”の島へ向かいます!』
明るく弾んだサラの声が南の陽光そのままの熱を帯びて響く。
『島民はごくわずか。なんと王族の別荘まである由緒ある島なんですよ。古くは“神々の座”、そして“生命の揺り籠”とも語られてきた神秘の地。その魅力を、私サラがしっかりリポートします!』
スメラは思わず画面へ視線を移した。
映像は緩やかに切り替わり、南方の亜熱帯気候に育まれた原始の森が姿を現す。緑の大地を縫うように蛇行する川。岸辺ではマングローブの枝が水面を撫で、透き通った水の中を小さな魚たちが群れを成して泳いでいる。
『ご覧ください、この森の息づかい……!まるで時間がゆっくりと流れているみたいですよね!』
カメラがふわりと空へパンする。雲の合間から山々の稜線が姿を現し、その頂には霧をまとった神殿のような塔がそびえていた。
『そしてこちらが、この島の象徴とも言える建造物! 我が国の防衛の要。七基あるエルフ・バリア塔のひとつです!』
サラの声が軽快なBGMに乗り、どこか誇らしげに響く。
『首都リュカにある塔は近代的なガラス構造ですが、こちらは重厚な石造り。古代と現代が同じ場所で息づいている……そんな不思議な魅力を感じませんか?』
カメラが塔の外壁に寄る。苔むした石の継ぎ目。滝のしぶきが虹色の光となってレンズに反射し、画面いっぱいにきらめきが広がった。塔の周囲では幾筋もの滝が白い糸のように流れ落ち、
日差しを受けて輝く水の粒が、空と地を結ぶ“光の糸”となって舞う。
『それにしても……この滝の音。まるで島全体の鼓動みたいなんですよね!
風には甘く湿ったサガリ花の香りと、森の土の匂いが混じっていて……
訪れた人の心をそっと洗い流してくれるようです』
森の奥から鳥や獣の鳴き声が響き、島の生命が生きている気配が画面越しに伝わる。
スメラは思わず息を呑んだ。文明の手が届かぬその島には、どこか、時間そのものが別の速度で流れているように見えた。
『この塔では現在も、王立科学アカデミー研究所による定期観測が続けられています。古代から受け継がれる“生命の防壁”、その正体はいまだ謎のまま! でも、その謎こそがこの島のロマンなんですよね!』
サラの声には、知識ある者ならではの確信と冒険者のような熱い好奇心が同居していた。スメラは画面に見入ったまま、気づかぬうちに息を止めていた。
その時だった。
『……あれ? 今、塔……光りました?
霧が……なんだか脈動しているような……え、気のせいでしょうか?』
カメラがわずかに揺れ、塔の外壁に沿って緑と金の光が細く走ったように見えた。
『ちょっと待っ……音声、これ入ってます?』
スタッフの声が割り込み、音声が途切れがちになる。
次の瞬間、映像がふっと揺らぎ、色彩がノイズのようにざらつき、異様な脈動音が混じる。
『……えっ、あ……れ? 音声、入ってま……』
ノイズ混じりの声が途切れ、画面が白く弾けた。明滅する光の中、塔の輪郭が一瞬だけ浮かび上がり、霧の奥で緑と金の光が脈のように交錯した。スメラは思わず画面に手を伸ばした。
だが、その瞬間、映像は完全に途切れ砂嵐だけがざらついた音を立てていた。
胸の奥が、冷たい指でつままれたように強く縮んだ。
ちょうど、その頃。
西の島のバリア塔の中枢部にある観測室では、古代文字が刻まれた石の制御盤と緑色に輝くエネルギーコアが淡く脈動していた。有機と無機が融合したような、神域のような気配をまとった空間だ。その古代構造に王立科学アカデミーの最新式観測コンピューターが、無理やり接続され、塔全体がわずかに軋む低音を響かせている。
ザルガン博士はディスプレイに顔を寄せ、額に滲む汗をぬぐうことすら忘れていた。
さきほど塔外で見た“呼吸する霧”が脳裏に焼きつき、胸の奥のざわつきは消えていない。
「よし、コマンド入力完了。これで大丈夫だ。アルディン、テストランを始めるぞ」
アルディンはタブレットを構え、片眉を上げた。
「了解。……けどよザルガン、
お前の“大丈夫”って言葉、俺は人生で一番信用してねぇからな?」
軽口を叩きながらも、指の動きは現場慣れしたプロそのものだ。
タブレットを操作し、音叉装置へ信号を送る。
音叉が起動する。
「キィィィィン。」
石とも金属とも付かぬ奇妙な共鳴音が観測室に満ちた。塔の内部を震わせるように反響し、
ストーンが淡い光を放ち、 “鼓動” のように波打つ。
空気が震え、観測室の計器が一斉に点灯した。
「おいおい、塔がまた変な息をしてるぞ。これ、ほんとに“正常反応”なんだよな?」
アルディンは笑っているが、眼は鋭く状況を捕らえている。
ザルガンは眉をひそめ、観測モニターを凝視した。
“呼吸する霧”とまったく同じ周期で、塔が応答していた。
「光圧は安定している。だが、共振係数が生じない。音叉の周波数が、石の“意思”と噛み合っていないのか……?結界強度、88.7%」
「配置ズレか? それとも石の機嫌が悪いのか?
……って、お前、さっきから微妙に焦ってねぇか?」
ザルガンは唇を噛みしめた。
「何かがおかしい。空気の密度……変動している」
アルディンは周囲の空気を読むように、あたりを見回し、低く言った。
「だろうな。これはお前の緊張じゃなくて……塔そのものが反応してる感じだ。
俺の背中もぞわっときてる」
遮るように、塔内の空気が“焦げる匂い”を帯びた。金属板が微かに軋む音が観測室に染み込む。
ザルガンはモニターに額を寄せ、震える指先でキーを叩いた。
数値は安定せず、額には汗が滲む。
「くそ……やはり、神石と波長が合わない……!」
アルディンが口笛を鳴らした。
「おいおい、そんなに焦るザルガンって逆に不安になるんだが?
神石が暴れたら、俺の給料じゃ割に合わねぇからな。覚悟しとけよ?」
「ああ、聞いているさ。だがこれはただの“修正”じゃない。結界の周波数に微細な誤差が生じている。音叉装置を追加して再調整し、安定化を図る……」
アルディンは肩をすくめた。
「で、その“音叉”を追加で石のまわりに並べるわけだな。研究っつーより儀式だろこれ。嫌いじゃねぇけどよ」
ザルガンは画面から目を離さず命じた。
「音叉装置四台をライト・イエロー・エナジーストーンの対極線上に。できるだけ石に近づけて配置しろ。だが、絶対に触れるな。防衛反応を起こす危険がある」
「……は? 石が反応? 生きてるって話、また後出しかよ。
まあいい、やるしかねぇんだろ」
ザルガンは手を止め、低く答えた。
「あれは“生きた結晶”だ。宇宙起源のハレルヤ原石。王家の古文書では“神の石”と呼ばれている。魔除けの波動を放ち……低波動の魔物が触れれば、素粒子ごと分解して霧のように消滅させる力がある」
アルディンは口をへの字に曲げ、苦笑した。
「要するに、“石ころ神様の怒り”ってわけか。ほんと、お前は大事な情報だけ後出しするよな」
「迷信かもしれんが、俺は失明する気はない。……お前がやれ」
アルディンは大げさにため息をつき、肩を回した。
「はいはい。ビビっているのを、ごまかすなよ、相棒。
ま、俺にしか出来ねぇってのは、分かっている。任せとけ」
音叉装置を抱え塔の最上部へ続くエレベーターに足を踏み入れる。
「じゃ、ちょいと“神様のご機嫌取り”してくるわ。死んだら給料未払いで恨むからな!」
金属扉が閉まる直前、彼は片手をひらりと上げた。
コメント
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読み終えたわ。塔の鼓動と霧の"呼吸"が重なっていく不気味さ、めちゃくちゃゾクゾクきた〜 アルディンの軽口が場を和ませつつも緊張感を引き締めてて、頼れる相棒感がいい。後半、テレビ中継が突然ブツッと途切れる演出もヤバい…スメラの胸騒ぎが全部当たりそうで怖いわ。神石って"生きた結晶"って設定、SF好きには刺さるやつ。次どうなるかめっちゃ気になる🔥