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放課後の教室は、少しだけ夕焼けの色を残していた。
日下部は机の上に置かれた紙コップのコーヒーを見つめたまま、黙っていた。
目の前の席に座るのは、同じクラスの女子。普段は明るく、よく笑うタイプの子だ。
でも今日は、やけに静かだった。
「……友達がさ、すごいんだ」
その子がぽつりと口を開く。
「部活の大会で全国行って、先生にも褒められて、SNSでも“すごい”って言われてて。……私、応援しなきゃって思うのに、心の中で“なんであの子だけ”って思っちゃって。最低だよね」
彼女の声は小さく震えていた。
日下部は少し息を吸って、ゆっくりと言った。
「……最低じゃねぇよ」
その言葉に、彼女は驚いたように顔を上げた。
日下部は目をそらすようにして、窓の外を見た。
「人の成功を見て、焦ったり嫉妬したりするのって、当たり前のことだと思う。
たぶんそれは、“自分もそうなりたかった”って気持ちがあるからだ。
その気持ちがある時点で、ちゃんと前を見てる証拠だと思う」
「でも、素直に“おめでとう”って言えなかったんだよ」
「それも、仕方ねぇよ」
「仕方ない、で済ませたくないの」
彼女の目が、少し潤んでいた。
日下部は、しばらく考えるように天井を見た。
「……たぶんさ、人のことを素直に喜べる時って、自分がある程度満たされてる時なんだよ。
今のお前は、自分に余裕がないだけだ。
それって、心が弱いとか汚いとかじゃない。
ただ、“ちゃんと頑張ってきた”からこそ、心が擦り切れてるんだと思う」
彼女は、唇を噛んでうつむいた。
沈黙が少し流れる。
日下部は机の上のコーヒーを一口飲んで、言葉を続けた。
「俺もさ、昔、友達が表彰されてるの見て、心の中で“チッ”て思ったことある。
でもそれでも、そいつが努力してたのは見てきたし、自分だって頑張ってた。
“比べる”っていうのは、誰かを嫌うことじゃなくて、“自分の場所を探してる”ことなんだと思う」
「……自分の場所」
「ああ。今は見つかってなくても、どこかにある。
その焦りも嫉妬も、たぶんそこにたどり着くための途中にあるだけだよ」
教室の外から、部活帰りの声が聞こえてきた。
彼女は少しだけ笑った。
「……なんか、ムカつくけど、ちょっと楽になった」
「俺も、ムカつくことばっかだよ」
「……ありがと」
日下部は、少し照れくさそうに視線を逸らした。
窓の外、沈みかけた夕日が、彼の顔を赤く染めていた。