テラーノベル
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ベッドの上。
その上に、蓮司がいた。
そしてその下に──遥がいた。
肌が触れ合っていた。何度も何度も、擦れ合っていた。
けれどその動きに、執着も、熱も、もうなかった。
「動かないんだな、今日は」
蓮司の声はいつものように軽くて、無関心そうだった。
「……前は、もう少し喘いだりとか。泣いたりも、してくれたのに」
遥は喉奥で息を殺す。
それは羞恥でも、恐怖でもなかった。
ただ、“音を出したくなかった”。
それが、唯一の抵抗だった。
「ねえ、さすがに飽きてきたんだけど、これ」
「……ねえ、遥。なんでまだ、俺の言うこと聞いてんの?」
その声に、遥の目がわずかに動く。
「日下部のため?」
「──ほんとに? まだそんなこと、信じてんの?」
蓮司は、遥の髪をつかむ。強くはない。ただ離さない。
「ねえ、見たろ。今日。あいつ、また俺に触られてた」
「おまえの“犠牲”、意味なかったんだよ」
遥の唇が、微かに震えた。
けれど否定の言葉は、どこにもなかった。
「おまえが身体差し出して、“交換”とか言ったその夜に、
もうとっくに、あいつは晒されてたんだよ」
「それでも、おまえは俺の下にいる」
「──馬鹿じゃね?」
蓮司の吐き出した声が、空気を裂いた。
「ほんとさ。おまえ、ほんとに馬鹿。どうしてまだ、守れるとか思ってんの?」
「なにも、変えられてねえのに」
遥の目に、涙はなかった。
かわりに、無だった。
何も感じないふりを、完璧にしているつもりだった。
だけど──
「……変えたかったんじゃない」
喉から漏れたのは、嗚咽にも似た低い声だった。
「俺が、代わりに、壊されたかっただけ」
蓮司の手が止まる。
「俺のせいで、また、誰かが痛い目に遭って──」
「だったら、俺が。俺が全部受ければ、全部背負えば……」
「そうしたら、“俺が悪かったこと”で済むだろ」
「誰も……俺のせいで、壊れないで済むだろ」
途切れ途切れの声。かすれて、滲んで、詰まる。
「……だから、俺が……」
言いかけて、遥は口を閉ざした。
もう、何を言っても意味がない気がした。
蓮司は遥を見下ろしていた。
興味というより、観察だった。
壊れていく音を、肌の下で聴いているような目だった。
「そっか」
ぽつりと呟き、蓮司は再び遥の身体に手を這わせた。
今度はあえて冷たく、無慈悲に、淡々と。
「じゃあさ──もっと壊れてよ」
「全部、自分のせいにして壊れてくおまえの顔、俺好きなんだよね」
「そういうの、一番面白い。マジで飽きない」
遥の目の奥に、かすかな“光”があった。
それは希望ではなかった。
自分が壊れていくことで、何かの意味になるかもしれないという──歪んだ納得だった。
蓮司はゆっくりと体重をかけ、遥の上に覆いかぶさった。
「ね、今夜もちゃんと“犠牲”になってくれる?」
「何も守れないまま、何も変えられないまま」
「そのまま──もっと、壊れてってよ」
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