TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

まだ陽は落ちきっていない。けれど生徒たちはすでに帰り、階段の音も消えた。

残っているのは、三人だけだった。


蓮司は、黒板の前に立っていた日下部の後ろに、音もなく近づいていた。

そして、ふいに背後から手を回し、日下部のシャツの裾を掴んだ。


「なあ……これ、どこまで脱がせたら怒る?」


その声は軽く、冗談のように響いた。

けれど、教室の誰も笑わなかった。

遥の指が、机の縁を握る音だけが小さく響いた。


日下部は振り返らない。


「……やめろ」


低い声だった。怒っている。けれど、突き飛ばすわけでもなく、ただ背中を硬くするだけだった。

蓮司は構わず、シャツの隙間から指先を滑らせた。

腰骨の少し上、ぞわりと肌の感覚だけが残る場所。


「やっぱり、ちゃんと反応するんだなあ。おまえって」


「──最低だな、蓮司」


その瞬間、遥の声が割って入った。


空気が変わった。


蓮司が顔を向ける。目が笑っていた。

「あれ、遥。いたんだ。……ていうか、いたなら止めればよかったのに」


遥は立ち上がっていた。

力の入らない足で、それでも前に出た。


「もうやめろ」


「なんで?」


蓮司は日下部の肩から指を外さずに、遥をまっすぐ見た。


「怒ってんの? ねえ、遥。……怒れるんだ?」


言葉は挑発ではなかった。

ただ、純粋な驚きと好奇心だった。

だからこそ、最も残酷だった。


遥の喉が詰まった。


「おまえ、怒った顔もするんだ。へえ。──それ、もっと早く見せてくれてたらなあ」


遥の拳が震えた。


「……ふざけんな」


その言葉が、自分の口から出た瞬間。

遥の中の何かが、音もなく壊れた。


「ふざけてんのおまえの方だろ。……人の感情で、面白がって。弄んで。何が“顔見せて”だ。ふざけんなよ……!」


声が震えていた。

怒鳴ってなどいない。でも、確かに怒っていた。


蓮司の手が、ようやく離れた。


「へえ。面白い」


ぽつりと蓮司は言う。


「ねえ、遥。その顔……もっと見せてよ」


「そうやって怒って、でも本当は──誰も傷つけられないくせに」


「俺みたいなやつでも、殴れないんでしょ?」


遥は言葉を飲んだ。

殴らなかった。

殴れなかった。


そして、蓮司は楽しそうに笑った。


「ね。やっぱ、そういうとこ、好きだわ」


そう言い残して、また教室を出ていく。


残された遥は、足元が崩れそうになりながら、それでも立っていた。

日下部は振り返らなかった。


けれど──その背中が、震えていた。



この作品はいかがでしたか?

43

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚