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その姿を視野に入れた瞬間、全身に電流が走った。

ああ、これが。

これが憧れ続けていた、”運命の出会い”なのね……!


この国随一の庭師が手掛けた、美しき王城の庭園。

緑を背負って咲き乱れる、かぐわしい白薔薇の数々を従えるようにして、その方は現れた。


「ここで何をしている」


瞬く星々から艶めきを写し取ったかのように美しい髪は、眠れぬ夜に見上げた空のごとき黒。

真っすぐに私を見つめる、澄んだ湖畔よりも深いコバルトブルーの瞳は少々懐疑的で。

けれどもそんな剣呑さすら、彼の威厳を飾る一つであるかのよう。


すらりと通った鼻筋の中央。

形の良い眉の根本が、黙ったまま声を出せずにいる私に不可解をありありと浮かべた。


「……茶会の予定はないはずだが」


低い声にはっと気づいた私は、慌ててドレスを摘まみ上げ、「失礼いたしました」と頭を垂れた。

ドキドキと跳ねる心臓から、なんとか意識を引き剥がす。


「ウィセル侯爵が娘のマリエッタにございます。ご挨拶が遅れましこと、お許しください。殿下」


そう。そうなのだ。この方はここ、ジラール王国の皇太子であるアベル・ジラール様。

パーティーや式典で、何度かお見掛けしている姿。けれどもこうして言葉を交わすのは、たしか、初めて。

私の名を聞いた彼は、ちょっと驚いたようにして、


「ウィセル侯爵の? ……そうか、今日は貴族議会だったか」


「はい。お恥ずかしながら、お父様が会議に必要な資料をお忘れになってしまって。身の空いていた私が届けに参りました」


「そうか。無事に届けられたのか?」


誤解が解けたのか、尋ねるアベル様の声から緊張が消えた。

うっとりと心地よいその音に耳を傾けたくなるのを耐え、私は「ええ」と微笑みを絶やさずに言葉を続ける。


「事情をお話しましたら、フットマンのひとりが快く案内してくださいました。父も間に合ったようで、とても感謝しておりましたわ。役目を終えましたので帰ろうとしたのですが、その、回廊から見えましたこの美しい白薔薇がどうしても気になってしまいまして……」


つい、とバツの悪さに視線を下げた私の頭上から、「そうか」と納得したような声。

勝手に申し訳ございませんと頭を下げると、アベル様は「いや、事情は分かった」と声を和らげて、


「庭師が毎年丹精込めて咲かせてくれているのだが、俺はあまり、見に来てやれていなくてな。美しいと眺めてくれるのなら、この花たちも喜んでいるだろう」


ふと、花を見つめるその目元が優しく緩んだのを、私は見逃さなかった。


(ど、ど、どうしよう……っ!)


こんな、こんな感情知らない。

胸の内はとてつもなくバクバクと激しく暴れまわっているのに、心臓の中心が、キュウーッと締め付けられるような。


(やっと分かったわ。これが”真実の恋”というものなのね……っ!)


紛れもない。間違いない。

私をこんな気持ちにさせるアベル様こそ、私の運命のお相手!!!!


「これから帰るところだと言ったな」


え、と小さく零した私の声と、パキリと枝の折れる音が重なる。

驚愕に見開いた私の眼前に、見事な白薔薇が差し出された。


「時折、約束もなく訪ねてくるご令嬢がいてな。……疑ったこと、この花に免じて許してくれると助かる」


「~~~~っ!!」


――王子様っ!!!!!!



不思議だわ。どうしてこれまで気づかなかったのかしら。

初めて言葉を交わせたから?

それとも、出会った場が夜会など公の席ではなく、私的な庭園だったから?


ううん、理由なんてどうでもいい。

大切なのは生まれて初めて知ったこの恋を、なんとしても成就させること……!!


(そのために私がすべきは――)


「ルキウス様! 私と婚約破棄してくださいませっ!!」


バーンッ! と勢いよく開け放った扉の先。

窓際に立ち外を眺めていたこの部屋の主が、手にしていたティーカップをソーサーに戻して振り返った。


ダイヤのごとく輝く銀の髪に、陽光を集めて閉じ込めた黄金の瞳。

均衡のとれたしなやかな体躯に纏うのは、私の想い人であるアベル様と同じ黒をした、王立騎士団の制服。


彼の名はルキウス・スピネット。

私の二つ年上の幼馴染で、五歳の時からの婚約者でもある。

ルキウスは私と目を合わせると、にっこりと、昔から変わらない柔和な笑顔を浮かべた。


「やあ、マリエッタ。何やらご機嫌ななめのようだね? 今、君の大好きなミルクたっぷりの紅茶を用意してもらうから、座って?」


「いえ、必要ありませんわ。長居をするつもりはありませんもの。ルキウス様が私と婚約破棄のお約束をしてくださいましたなら、すぐにでも退出しますわ」


「ふうん? 僕と、婚約破棄」


ルキウスがソファーに腰かけ、心底不思議そうに首を傾ける。

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