二人は奥の窓際の席へ案内された。
ランチには少し遅めの時間だったので、店内はそれほど混んではいなかった。
席に着くと健吾がメニューを見ながら言った。
「ランチのコースでいい?」
「はい」
「ワインは飲む?」
「いえ…家に帰ったらまだ仕事が残っているので」
「じゃ、一杯だけ?」
「あ、はい」
理紗子はワイン好きなので一杯だけもらうことにする。
ここで二人はやっと落ち着いて話が出来る状態になった。
そこで理紗子が先に口を開く。
「あの…今日はありがとうございました。あんなに高価な物を沢山…」
「いや、気にしないで下さい。それにしても似合っているね、その服」
「ありがとうございます」
理紗子は少し照れながらお礼を言った。
「あのお店のオーナーさんとはお知り合いなのですか?」
「うん。彼女は知人の奥さんなんだよ」
「へぇ、そうでしたか。それにしても銀座でお店って凄いですね」
「美和さんのご主人はかなりの資産家であちこちにビルを持っているんだ。だから今は釣り三昧の日々を送っていて、奥さ
んの美和さんにも好きな事をやらせているみたいだね。二人はとても仲が良いんだけれど、それぞれ自分の世界を大事にしてい
るんだ」
それを聞いた理紗子は、互いにやりたい事を尊重し合う夫婦って素敵だなぁと思う。
「あのカフェを経営されているという事は、あなたは『cafe over the moon』の社長さんなのですか?」
理紗子はずっと気になっていた事を聞いた。
「おっと失礼!」
健吾はそう言うと、名刺を出して理紗子に渡した。
「申し遅れましたが、佐倉健吾と申します」
すると理紗子も慌てて名刺を取り出すと健吾に渡した。
「水野理紗子です」
名刺交換の際にはついついビジネスモードになってしまう。
理紗子は会社を退職後、小説家としての名刺を作っていた。
ほとんどが出版社や編集者に渡す為のものだったが、私的な場面で名刺を使うのはこれが初めてだ。
そして理紗子は健吾の名刺を見る。
そこにはいくつか肩書が書かれていた。
「cafe over the moon」のCEO
アウトドアブランド「peak hunt5」の取締役
更に世界中で有名な動画配信サイトのURLも書かれている。
健吾は動画配信サイトにチャンネルを持っているようだ。
「やっぱり『cafe over the moon』のCEOでいらっしゃったのですね。それにしても肩書がいくつもあって凄いですね」
「色々羅列してありますが、本業は投資家です。あのカフェは29の時に作りました」
「投資家? それに29歳で? 凄いですね…。私『cafe over the moon』が出来た時からのファンなんです。だから他のカフ
ェにはほとんど行きません」
「いつもご贔屓いただきありがとうございます」
健吾は嬉しそうな笑顔でぺこりとお辞儀をした。
そのチャーミングな笑顔に、一瞬理紗子はドキッとする。
(スパダリ男の笑顔はまさに最強のレディキラースマイルね…)
ついついハートを持って行かれそうになった理紗子は、フーッと深呼吸をする。
そして再び健吾に言った。
「『cafe over the moon』の飲み物とスイーツがどれも私の好みにぴったりなんです。苦みを抑えたクリーミーなラテは最高
だし、スイーツ類もセンスがあってどれも美味しいし。スタッフの方達の接客は超一流ですし、レモンが入ったお冷を自由に飲
めるのもいいですよねぇ…。待ち合わせの人用に掲示板があるのもいいですよね。あ、あとカウンターの奥行きが広い所なんか
最高です! そんなちょっとした心配りが他のカフェと全然違いますよね」
理紗子はつい『cafe over the moon』へのカフェ愛を熱く語ってしまった。
「ありがとう! カウンターの広さを褒められたのは初めてだよ。あれいいでしょう? 俺のアイディアなんだ。気づいてもら
えて嬉しいよ」
健吾は嬉しそうに笑った。
そして今度は健吾が理沙子の名刺を見ながら言った。
「小説家が本業なんだね。凄いな…クリエィティブな仕事だよね」
「いえいえ凄くないです。たまたま運が良かっただけで…」
「俺の妹が去年映画を観てから君の大ファンなんだ。多分本も全部持っているんじゃないかな?」
「そうなんですか? ありがとうございます。妹さんによろしくお伝え下さい」
理紗子がお礼を言うと、ちょうどワインと前菜が運ばれて来たので二人は乾杯をした。
コメント
1件
スパダリ健吾さんの先入観が少し外れたかな❣️和やかにお互いのことを話せる親密までいかない空気感に和む〜🥰