翌朝理紗子が目を覚ますと、見覚えのない部屋で寝ていた。
そこで思わずハッとした。
「!」
(嘘っ! 私、昨夜確か島村という男性と…….?)
その時、急に島村とバーで飲んでいる場面を思い出した。
飲んでいる最中、急にだるさと眠気が襲ってきたので部屋へ戻ろうとしたところまでははっきりと覚えている。
しかしその後の記憶はぼんやりとしていた。
たしか足元がふらついてしまい、バーテンダーの男性が心配そうに声をかけて来たような?
その後、誰かに抱きかかえられながら部屋に戻ろうとしていた所も思い出した。
そうだ、その誰かとはあの島村だ。
あの時島村は、エレベーターの中で酔って朦朧としていた理紗子の耳にむしゃぶりつくようなキスをしてきた。尻も揉まれた記
憶がある。
その事をはっきりと思い出した理紗子は、嫌悪感からぶるっと身震いをする。
腕には鳥肌が立っていた。
その不快な記憶を消そうと頭を左右に振ると、今度は頭がズキンと痛んだ。
完全に二日酔いだ。
痛むこめかみを指で押さえながら、理紗子はまた記憶を辿っていく。
そこでまたハッとした。
(えっ? まさか私?)
急に血の気が引いた理紗子は、布団の中の自分の状態を確認した。
そこにはキャミソールとパンティだけを身に着けた自分がいた。
これはどっちの意味に取れるのだろうか?
まさか『いたして』しまったのだろうか?
この部屋へ入った時の事を全く覚えていない理紗子は、何とも言えない不安な気持ちに襲われる。
それはなぜかというと、理紗子の隣には明らかに誰かが寝た形跡があったからだ。
(えっ? 私しちゃったの? あのスピリチュアル男と?)
理紗子は絶望感に打ちひしがれながら、とにかく今はこの場から逃げる必要があると判断した。
そして椅子に綺麗に畳んであった衣服を身に着ける。
(早くここから逃げなくちゃ!)
理紗子はドアに向かうと勇気を出してそのドアを開けた。
するとそこはには信じられないくらいの広さのリビングルームがあった。
壁の二面は大きなガラス窓で覆われ、片方の窓には海、そして片方の窓には八重山の深い森が見える。
広いバルコニーの片隅にはジャグジーまで備わっていた。
そしてこの広いリビングの片隅には、お洒落なバーカウンターまで備えつけられている。
(これってスイート? やっぱりあの島村の部屋なのね……)
理紗子はその現実を知りガックリと肩を落とした。
その時、バスルームの方でドアの閉まる音がした。
きっと島村がシャワーを終えて出て来たのかもしれない。
理紗子は泣きそうになりながら、
(とにかくここから逃げなくちゃ!)
そう思うと、足音を立てないようにそーっとリビングの出口へ向かった。
そしてドアノブに手をかけようとしたその瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「ひぃっ!!!」
理紗子が思わず悲鳴をあげると、
そこにはバスローブ姿の健吾が立っていた。
「えっ? なんで佐倉さんがここに?」
理紗子は自分が今まで生きてきた中で一番びっくりした顔をしているような気がした。
すると健吾は理紗子に聞く。
「何も覚えていないのか?」
「えっと…….その…….すみませんっ……覚えてないです」
理紗子はとりあえず謝っておけばこの場をやり過ごせるだろうと思いそう答えた。
しかしそんな理紗子の思惑は全てお見通しだったようで、健吾は厳しい顔をして言った。
「ちょっとこっちに来いっ!」
健吾が怒っている事は、付き合いの浅い理紗子でもすぐにわかった。
とても嫌な予感しかしない。
しかし理紗子は今の状況がどういう状態なのか分かっていなかったので、とりあえず健吾に従うしかなかった。
理紗子は蚊の鳴くような声で、
「はい」
と返事をした後、渋々と健吾の後について行った。
「そこに座って」
健吾は濡れた髪をバスタオルで拭きながら強い口調で言った。
理紗子はうなだれたまま、言われた通りにソファーに腰を下ろす。
そしてバスローブ姿の健吾をチラッと見ると、
(風呂上がりのスパダリ男はかなり色っぽいのね…)
と、呑気な事を考えていた。
人間は切羽詰まって追い詰められると、逆に変な余裕が生まれるのかもしれない。
理紗子がそんな事を思っていると、健吾はさらに厳しい口調で言った。
「で、反省は?」
「うっ…….すみません、飲み過ぎました」
理紗子はそう言うと、健吾に向かってぺこりと頭を下げる。
その時、またこめかみがズキッと痛んだので、理紗子は指で頭を押さえた。
それを見た健吾は、椅子に置いてあった自分のバッグまで歩いて行くと、中から何かを取り出した。
薬のようだ。
「もうすぐ朝食が来るから一緒に食べよう。その時にこれを飲むといい」
そう言って錠剤を理紗子に渡した。
「ありがとうございます」
理紗子はしょんぼりとした口調で言った。
「で、あの男とはどんな経緯で?」
健吾は島村の事を知っている? なぜ? 理紗子はかなり焦っていた。
しかしバレているなら隠しても無駄だと思ったのか、観念したように昨夜の事を話し始めた。
小説のネタ探しの為にバーで一人で飲んでいた所へ島村がやって来た事。
世間話をしながら島村がカクテルをご馳走してくれた事。
それを飲んでから、急に歩けなくなった事などを全て健吾に伝えた。
「で、そのカクテルはどんなやつだった?」
「えっと、なんか下の方が黒くて上に生クリームがのったやつです。見た感じコーヒーゼリーみたいなの…」
「ホワイトルシアンか」
「カクテルの名前は聞いていません」
「それを何杯飲んだ?」
「にっ、二杯です!」
「あの酒のベースは何か知ってる?」
「いえ、でもすごく飲みやすかったから大丈夫かなーと…」
理紗子は作り笑いをしながら健吾の顔色をうかがった。
「あれはウォッカだぞ! それも度数は25度~30度くらいはあるんじゃないか?」
「ひぇっ!」
理紗子は思わず変な声を出してしまった。
「レディキラーカクテルって知ってるか?」
「いえ、知りません。それって美味しいのですか?」
理紗子の言葉を聞いた健吾はやれやれと肩をすくめた。
「レディキラーカクテルっていうのはな、度数が強い酒を女性に飲ませて酔わせてお持ち帰りする為のカクテルなんだ。ホワイ
トルシアンはその代表!」
健吾の言葉を聞いた理紗子は絶句していた。
「で、最初は、一杯目は何を飲んでいたんだ?」
「えっと、アプリコット・フィズ?」
「…………」
「なんで黙るの?」
「それってほとんど食前酒だろう? そんなのを飲んでいたから、この女は酒が弱いなと目をつけられたんだろう」
「…………」
理紗子は何も言い返せなかった。
(だってそんな事知らないもん!)
そう心の中で叫んでからガックリと肩を落とす。
「まあ、バーの取材をしたけりゃ今後は俺と行けばいい。これからは一人で飲みに行くのは禁止!」
健吾はきっぱりそう言うと、深いため息をついた。
「それにしてもあいつとんでもない奴だったな。酔いつぶれた君を部屋に送ってそのまま送り狼になるつもりだったんだぞ!
俺が見つけなかったら今頃君はあいつの腕の中だ」
健吾は一瞬ニヤリと笑った後、またすぐに厳しい表情に戻る。
健吾の言葉を聞いた理紗子はあまりの恐ろしさにぶるっと震えた。
そして最初からずっと疑問に思っていた事をもう一度聞いた。
「えっ? でもなんで佐倉さんがここに?」
「俺も休暇だ! 今月のパーティーに君だけ日焼けして出席したら変に思われるだろう? 付き合っているのに女性だけ日焼け
してるなんて別行動をしているのがバレてしまう」
健吾の言葉を聞いて、理紗子は納得したようなしないような複雑な心境だった。
まさかそんな理由でここまで来たのか?
理紗子はお金持ちの行動心理が全く理解できなかった。
その時ノックの音が響いた。
健吾が出ると朝食が届いたようだ。
二人のボーイがリビングにあるテーブルに朝食のセッティングを始める。
作業が終わると二人はうやうやしく部屋を後にした。
「まあお説教はこのくらいにして朝食を食べようか。顔を洗いたかったら洗ってくるといい。パウダールームはあっちだ」
そこで理紗子は急に思い出す。
自分は起きたままの格好で髪はボサボサ、肌はボロボロ、きっと酷い顔をしているに違いない。
顔の状態が気になった理紗子は、
「すみません、お借りします」
と言って洗面所へ向かった。
パウダールームの鏡の前には、とても高級そうなシェーバーが置かれていた。
健吾が持って来たものだろう。
そして、洗面所の中には健吾が使ったと思われるシェービングローションの香りがかすかに残っていた。
その香りは、ウッディーを基調としたセンシュアルでとても上質な香りだった。
爽やかさと大人の色気の両方を併せ持つその香りは、きつい香水が苦手な理紗子にも心地良く感じた。
その時理紗子は、昨夜の島村のきつい香水の匂いを思い出した。
その途端急に吐き気がして来る。
もし健吾が助けてくれなければ、今頃自分は島村の腕の中…そう想像しただけでぞっとした。
そう思うと、健吾が来て助けてくれて良かったと思う。
理紗子は健吾に心から感謝していた。
それから鏡を見た理紗子は、思った通り酷い顔をしていたのですぐに顔を洗った。
しかし化粧ポーチが手元にないので、メイクしようにも出来ない。
仕方なく理紗子はスッピンになる決意をした。
化粧をしたまま寝たので、肌も相当荒れている。
健吾にスッピンを見せるのは恥ずかしいが、剥げかけの化粧よりはまだましだろう。
そして髪の毛をブラシでとかすと、再びリビングへ戻った。
健吾はジーンズと黒のポロシャツに着替えていた。
リビングのテレビは経済ニュースを映していた。
理紗子が戻ってくると健吾が言った。
「じゃあ食べようか」
「はい」
理紗子は席に着いて、健吾と向かい合って朝食を食べ始めた。
大人しく座った理紗子の顔を見て、健吾はその肌のきめ細かさに驚いていた。
前日酒を飲んで酔いつぶれていたはずなのに、理紗子の素肌は艶々と輝いている。
化粧をしていない理紗子の顔は、歳より4~5歳若く見えた。
「スッピンだと若く見えるね」
「そうですか?」
理紗子はそれが褒められているのか、からかわれているのかが判断できずに適当に返事をした。
とにかく安心したら、急にお腹が空いて来た。
目の前に美しく並べられた朝食は、何種類ものデニッシュに、フワフワのオムレツ、オムレツの横にはベーコンやソーセージ、
ブロッコリーなどが綺麗に盛り付けられている。
そしてサラダにスープにデザートのフルーツ、ヨーグルトまである。
それを見た理紗子は一気にテンションが上がった。
もし健吾が来なかったら、理紗子は一階のレストランでバイキング形式の朝食だったはずだ。
それが、健吾のお陰でこんなに優雅でリッチな朝食を食べられる。
(これがスパダリ男の日常なのね…)
理紗子はそう思いながらうっとりとその朝食を眺める。
そこで急に思いだした。
「あのぅ、朝食の写真を撮ってもいいですか?」
健吾は理紗子が小説のネタ用に写真を撮りたいのだなとすぐにピンと来たようで、
「どうぞ」
と言った。
許可を貰った理紗子はきょろきょろと辺りを見渡し自分のバッグを探す。
バッグがリビングテーブルの上にあるのを見つけた理紗子はすぐにスマホを取り出して、朝食の写真を何枚か撮った。
理紗子が撮っている間、健吾は食べるのを待っていてくれた。
そして撮影が終わると、二人は漸く朝食を食べ始めた。
コメント
4件
理沙子さんの名前が瑠璃子になってますよ。|ノд・)ヒソヒソ
理紗子ちゃん、やっぱり健吾さんに しっかり絞られてる😁 健吾さん、追いかけてきた甲斐があって 良かったね~🤭 理紗子ちゃんは ちょっと危なっかしいから、しっかり守ってあげて....✨ これから二人で仲良く、 めいっぱい旅を楽しんで‼️🏝️💖
スパダリ健吾のお説教も短く済んで良かったね😆でも健吾が来た理由は理沙ちゃんと離れたくなかったからだよね〜🤭💞 理沙ちゃんも健吾と一緒でもっと小説リサーチが楽しくなること間違い無いね(≧∇≦)🎶