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そして年が明けた一月のある日、優羽がフロントで仕事をしていると紗子が来て言った。


「優羽ちゃん、明日の佐伯さんの引っ越し手伝いに行ってあげたら? 井上君は奥様がいるからいいけれど、佐伯さんは一人でしょう? 明日は舞子ちゃんもいるからフロントの方は大丈夫だし」


紗子が急にそんな事を言ったので優羽はびっくりした。

確かに明日は岳大の引っ越しだ。でも本人からお願いされた訳でもないのにでしゃばり過ぎもどうかと思う。


「でも引っ越しにはテレビ取材が入るって言っていましたから私はいない方がいいかと…」

「あら、あなたはアシスタントなんだから逆にいた方がいいんじゃないの? それにテレビクルーの人達は明日からうちに泊まってくれるのよ。それも佐伯さんがうちを紹介してくれたからなのよ。だからお返しに何か協力してあげないと」


紗子はニコニコして言った。

それでも優羽は頼まれてもいないのに行くのはどうかと躊躇する。

その時山荘の電話が鳴った。


「はい、山神山荘でございます」


電話はなんと岳大だった。


「おはよう。忙しいところをすみません、今、山岸さんっていますか?」

「あ、はい、ちょっとお待ち下さい」


そこで優羽は電話を紗子に渡した。

二人はしばらく何かを話していたが、紗子は突然こんな事を言い始める。


「ええ、ええ、もちろん大丈夫よ。私もちょうど今お手伝いに行ってあげたらって話していたところなのよ」


紗子はそう言いながらメモ用紙を引き寄せてメモを取り始める。


「うん、わかりました。じゃあスタッフの皆様に明日お待ちしていますからとお伝えしてね! はい、じゃあね! 運転気をつけてね」


紗子はそう言って電話を切った。そして優羽に言う。


「ほらやっぱりよ! 佐伯さんが優羽ちゃんに手伝いに来て欲しいって。明日の午後二時に到着予定だからその前にアパートに行って待機していてくれないかって。鍵は不動産屋さんに開けておいてもらうよう手配したそうよ。もし荷物が先についたら荷物の引き受けもお願いって。住所はここよ」


紗子はメモを渡した。


「流星君の保育園の近くみたいね。ここからも近くて良かったわね」


紗子は「じゃあよろしくね」と言って二階へ上がって行った。

その場に残された優羽はしばらくポカンとしたまま立ち尽くしていたが、


(えっ? テレビ取材が入るのに? どうしよう…)


優羽は急に緊張してきた。

岳大のお陰でまた新たな世界を覗き見る事になりそうだ。優羽は岳大と知り合ってから見た事のない世界ばかりを見ている。


(でもボスの命令なら仕方ないわね)


優羽はフーッと息を吐くと、笑みを浮かべてフロントの事務作業に戻った。


フロントの事務作業が終わると、優羽は明日手伝いに行く時の準備をする。

掃除用具は一式既に車に積んだ。あとはテレビクルーたちに出すお茶の準備だ。


「使っていない紙コップってありますか?」


優羽は厨房に行って三橋に聞く。


「ああ、あるよ。何に使うんだい?」

「明日佐伯さんの引っ越しのお手伝いに行く事になったんですが、テレビ局の人もいるのでお茶出しに使おうかと」


それを聞いた三橋の妻が叫んだ。


「キャーッ! だったら優羽ちゃんもテレビに映るんじゃないの? 楽しみねー」

「私は映りませんよー」


優羽は苦笑いをしながら答える。

そこで三橋が言った。


「明日からテレビ局の人達がここに泊まるんだよなぁ。大事なお客様だから明日なんか持って行けるように作ってやるよ。優羽ちゃんそれを持って行ってお茶の時に出しなさい。あ、それと紙コップはあそこの棚の上にいっぱい入っているから好きなだけ持っていっていいよ」

「ありがとうございます」


気が利く三橋に優羽は笑顔で礼を言った。


優羽はフロントへ戻るとまた考え始める。


(飲み物は行きに買うとして、あとは、いるものってあったかな?)


優羽はそう考えながら胸の高まりを感じていた。


東京に住んでいた岳大が明日移住して来るのだ。

ずっと東京にいるものだと思っていた岳大が、すぐ近くに越して来る。

優羽はつい最近までそんな事は夢にも思っていなかったので驚くと同時に胸がドキドキしていた。



その時なぜか優羽は新宿駅で見た岳大の新作ポスターを思い出していた。



『君を幸せにするために僕は星屑を掬って空へと放つ』



優羽はその言葉の意味を考えながら、窓の外に降り積もる真っ白な雪を見つめていた。


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