「で、二人はどこで出会ったの?」
華子は思わずドキッとする。
まさか、自分が自殺しようとしていた所を陸に助けられたなんて話すわけにはいかない。
そこで陸が答えた。
「私が経営しているバーに彼女が飲みに来て、それで知り合いました」
陸がうまく答えてくれたので華子はホッとした。あながち間違ってはいないだろう。
「へぇ、日比野さんはバーを経営されているのね…お店はおひとつ?」
「いえ、四店舗経営しています」
「あら、凄い! 全部バーなの?」
そこで華子が割って入った。
「この人変なのよ! 全部違う種類の飲食店なの。洋食から日本料理まで、自分が毎日通っても飽きないようにですって!」
華子はそう言ってケラケラと笑う。
「それは名案よ! 私もね、毎日日本料理ばっかりやっているでしょう? だから外食はいつも洋食ばっかり! やっぱり毎日同じものを見ていると飽きちゃうのよねぇ…」
相良も可笑しそうに笑った。
「そうですね、まあ色々やってみた方が勉強にもなりますし」
「向上心をお持ちなのね。華ちゃん、立派な人に出会えて良かったわね」
「うん。あ、でもね、陸は昔、自衛隊にいたのよ」
「まあっ! そうなの?」
「はい。でも退役してからもう10年近く経ちますが…」
「そうなんだ。どこの部隊にいらっしゃったの?」
「陸上自衛隊の第二空挺団です」
「へぇーっ凄いわっ! エリート部隊じゃないの!」
「幸子母さん知ってるの?」
「うん、親戚に自衛官が何人かいるのよ。叔父とか甥っ子とか。叔父はもう退役しているけれど、甥っ子は今、宇治駐屯地にいるわ」
「赤煉瓦で有名な駐屯地ですね」
「そうそう、さすがよくご存知ね」
そこから陸と相良は、自衛隊の話題で盛り上がる。
陸は相良に聞かれて、自衛隊を辞めた理由を説明した。
「それは大変だったわね」
相良は陸を労う。
陸が災害救助の際に知り合った人からの誘いで、今の仕事を始めたと話すと、
「一生懸命国民の為に尽くしてくれたから、きっとご褒美で素敵な出会いがあったのね」
としみじみした口調で言った。
その後も、二人は飲食店経営等についての共通の話題で盛り上がっていた。
二人の話についていけない華子は、今がチャンスとばかりに相良の懐かしい手料理を嬉しそうに味わっていた。
料理を食べながら華子は思う。
自分が母のように慕っている相良に対し、陸は敬意を持って丁寧に接してくれている。
華子はそれが嬉しかった。
今思い返すと重森や愛人の野崎は、レストランなどでいつも横柄な態度をとっていた。
自分は客なんだから威張って当たり前…二人にはそんな意識があったように思える。
しかし、陸にそんな態度は一切ない。
それは後輩の杉田の店でも今日のように相良の店でも、陸は常に謙虚な態度だった。
(自衛隊にいたから礼儀正しくてこうなのかしら?)
華子がぼんやりとそんな事を考えていると、陸との話が一段落した相良が華子に聞いた。
「で、結婚はいつ頃を予定しているの?」
ハッとした華子は、慌てて陸を見る。
「まだ具体的には決めていませんが、私の母が今ハワイに住んでいるので一度会いに連れて行ってからになると思います」
「あら、お母様はハワイにいらっしゃるの? まぁ素敵! だったら、新婚旅行がてら挨拶に行ったらいいんじゃない?」
そこからは、また二人がハワイの話で盛り上がり始めた。
華子はホッと息をつくと二人を見ながら思う。
(なんか、気を遣わなくていいって、すごく楽ね…)
その時華子の頭の中にこんな言葉が浮かんできた。
(結婚相手を選ぶなら、素のままの自分でいられる相手を選びなさい)
以前何かで読んだのだろうか? 無意識にそんな言葉が頭をよぎった。
その言葉通り、華子は陸の前ではいつも素のままの自分でいた事に気づく。
それと同時に、陸に対するイメージが確実に変化している事にも気づいていた。
食事が終わると、華子は帰る前に化粧室へ行った。
華子がいなくなると陸は相良に言った。
「すごく美味しかったです。また是非寄らせてもらいます」
陸の言葉に相良は嬉しそうに頷く。
それから少し神妙な顔をして陸に言った。
「あの子はね、家庭環境が色々と複雑で…ご存知かもしれないけれど、彼女が高校生の時にお母様が一度再婚されてね…でも結局すぐに別れちゃったらしくて、あの子はずっと落ち着ける居場所がなかったのよ。でも今日あなたに会えてホッとしたわ。あなたみたいな人が華ちゃんの傍にいていてくれたら私も安心だわ。どうか華ちゃんの事をよろしくお願いしますね」
相良はそう言うと、陸に向かって深々とお辞儀をした。
相良の目は、心なしか涙で潤んでいるように見えた。
「きちんとお預かりしますのでご安心下さい」
陸も椅子から立ち上がると丁寧なお辞儀を返した。
その時、手をハンカチで拭きながら戻って来た華子はキョトンとした顔をして言った。
「二人ともどうしたの?」
華子の顔を見た二人は、思わず声を出して笑った。
その後二人は店を出た。
二人並んで駐車場までの道をゆっくりと歩き始める。
今夜は暖かい夜だった。
この暖かさだとそろそろ桜の開花宣言のニュースが流れるかもしれない。
これからは街中が桜色に染まり、華やいだ季節がやって来る。
空を見上げると、満月から少し欠けた月がぼんやりと雲に滲んでいた。
今夜は朧月のようだ。
「月が綺麗ね…」
「だな」
陸はそう答えると華子の手を握った。
いきなり手を繋いできた陸を、華子は慌てて見上げる。
しかし陸は何も言わずに穏やかな表情で歩くだけだった。
陸の大きな手のひらは、華子の華奢な手をすっぽりと包み込んでいた。
その温かい手のひらの感触は、華子の心を落ち着かせる。
人々が慌ただしく行き交う中を、二人だけがゆっくりとしたスピードで進む。
その時二人の心は初めて同じ思いに浸っていたのかもしれない。
コメント
4件
感無量な幸せな時…涙出ましたよ😌
幸子母さんが陸さんと華子を信頼して結婚相手として認めてくれてるのがとても嬉しいわ〜🥰💘 きっと華子は一度死んだつもりだから初めはお互いに気を遣った部分もあっただろうけど、共に生活をしてどちらも"素"のままで楽しくいれるのが良かったんだね♪ それはお祖母さんからもらった言葉のような気がする😊🌸 だから本当の結婚相手になったらお祖母さんに挨拶に行ってね、華子✨
お店で外食する時も、華子チャンが慕っている母親代わりの幸子さんに対しても 誰に対しても丁寧でフレンドリー、陸さんの真面目で誠実な人柄が伝わってきます🍀✨ 帰り道 手を繋ぎ 一緒に歩く二人....👩❤️👨 開花間近の桜と 美しい朧月は、まるで 二人の明るい未来を予言しているかのようですね🌸🌿🌖🌠✨