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#ギャグ・コメディ
第1話「新勇者──ツンデレしてる場合じゃないぜ」
夜の風は、今日も静かだった。
私はその風の中に溶けるように漂いながら、
ひとりの少年を見つめていた。
“外来人”。
彼はそう呼ばれている。
本名ではない。
けれど、彼にはその名がよく似合う。
この世界に属しているようで、どこか浮いている。
そんな不思議な存在。
そして──
彼は今日も、布団に入った瞬間に幽体離脱した。
「うーん、風が気持ちいい」
ふわりと身体を浮かせ、
まるで散歩に行くような軽さで空へ上がっていく。
……本当に、心臓に悪い。
(また勝手に飛んで……危なっかしいんだから)
私はため息をつきながら、
彼の後を追った。
(ほんと……この人は……)
渋谷の夜空を漂っていた外来人が、ふと下を見た。
──その直前。
渋谷の夜空に、ほんの一瞬だけ“黒い線”が走った。
(……今の、何?)
風がざわついた気がしたが、外来人は気づかない。
「……あ、アイス屋だ」
深夜の路地にぽつんと灯る屋台。
幽体のまま降りていく。
「アイス一つください。イチゴで」
「はいよ」
店員が差し出したアイスは──
ブンッ!
「え!?なんで振り回すの!?」
「トルコアイスだよ」
「幽体なのにすり抜けないのおかしいだろ!」
「粘り気が物理法則より強いからな」
「そんな理由ある!?」
外来人は深呼吸し、指先を静かに伸ばした。
ビタッ。
「つかんだ……だと……?」
「心を静めれば、アイスも静まる」
「悟りの方向性おかしい!!」
(……また変なことしてる)
私は額を押さえた。
本当に予想の斜め上を行く。
でも──嫌いじゃない。
むしろ……。
(……可愛い、なんて……思ってないわよ……)
外来人はアイスを受け取り、ふわりと浮かんだ。
「よし、守護霊と半分こしよ」
胸が少しだけ熱くなる。
(……もう。本当に、あなたって……)
外来人が森の上空に差し掛かったとき、
私は彼の前に姿を現した。
「遅いわよ」
「ごめんごめん、アイス買ってた」
「幽体で買うなって言ってるでしょう!」
怒りながらも、
彼が差し出したイチゴアイスに心が揺れた。
「……べ、別に……嬉しくなんか……」
外来人が笑ってアイスを差し出す。
「食べる?」
「……っ……ひ、一口だけよ……」……本当に、私はこの人に弱い。
外来人は笑いながらアイスを差し出し、
私はそっと一口かじった。
「……美味しいわね」
「だろ?」
「べ、別に……あなたと食べるからとかじゃ……」
「守護霊、顔赤いよ」
「赤くない!!」
私は慌てて顔をそむけた。
けれど胸の奥は、
ほんの少しだけ温かかった。
その瞬間だった。
空が──裂けた。
ギラリ。
夜空の中心に、
“黒い眼”が開いた。
(……黒龍の眼)
背筋が凍る。
──天界ですら名を口にすることを禁じられた、最悪の災厄。
境界を喰らい、世界そのものを折り畳む“終焉の龍”。
外来人も気づいた。
「守護霊、あれ……何?」
「見ないで! あれは──」
言い終える前に、
強烈な光が私の身体を引きずった。
「え……?」
足元から崩れるように、
私は空へ吸い込まれる。
「守護霊!!」
外来人が手を伸ばす。
でも──触れられない。
まるで“異世界の法則”が、
外来人だけを拒絶しているかのように。
(なんで……?
どうして……あなたの手が……届かないの……?)
「待ってろ!!今──」
外来人の声が震えていた。
私は光に飲まれながら、
最後の力で叫んだ。
「外来人……必ず……迎えに来て……!」
そして世界が反転した。
世界が裏返るような感覚のあと、
私は荒れ果てた地面に倒れ込んでいた。
土の匂い。
焦げた木の破片。
ひび割れた大地。
「……ここは……別世界……?」
身体を起こすと、
周囲はまるで戦場の跡のようだった。
家々は半壊し、黒い爪痕のような傷が地面に刻まれている。
胸の奥がざわつく。
(……黒龍の気配……)
そのとき──
胸の中心で、微かな声が響いた。
──守護霊……聞こえるか?
「外来人……!?」
私は思わず胸を押さえた。
声が……届いている。
「あなた……どこにいるの……?」
──まだ地球側だ。でも、声は届くみたいだ。
その声は、
まるで耳元で囁かれたように近かった。
「……よかった……
あなたの声が聞こえない世界なんて……耐えられないもの」
──無事でよかった。
その一言だけで、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
けれど、安心したのも束の間だった。
ガラッ!
崩れかけた家屋の扉が勢いよく開き、
ボロボロの服を着た老人が飛び出してきた。
「だ、誰かおるのか……?
この村に……まだ生き残りが……」
老人の視線が私に向いた瞬間、
その目が大きく見開かれた。
「こ、このオーラ……まさか……!」
老人はその場に膝をつき、
震える声で叫んだ。
「ゆ、勇者様ぁぁぁぁ!!
ついに……ついにおいでくださったのじゃな!!」
「……は?」
私は思わず固まった。
勇者?
私が?
──守護霊、どうした?
外来人の声が胸の奥で響く。
(外来人……なんか、歓迎されてる……)
──歓迎?
いや、守護霊は勇者じゃないだろ。
(私もそう思うわよ!!)
老人は涙を流しながら続けた。
「黒龍の眷属に村を焼かれ……
もう希望など残っておらんと思っておった……
だが……だが……!」
老人の震える指が、
私の手にある扇子を指した。
「その扇子……伝承にあった《清浄の扇》……!
高次元の存在のみが持つ、厄も邪気も祓う神具……!」
私は扇子を見下ろした。
(……外来人、聞こえる?)
──聞こえるよ。
その扇子……やっぱりただ者じゃなかったんだな。
(ええ。
これは“私の世界”でも特別な霊具。
高次元の穢れすら祓える……
いわば“神域の扇子”よ)
──そんなすごいもの持ってたのか。
(あなたには言ってなかっただけ)
──なんで?
(……だって、あなたに渡したら絶対振り回すでしょ)
──否定できない。
私は小さくため息をつき、
村人たちに向き直った。
「この扇子は確かに……
あなたたちの伝承にある《清浄の扇》と同じものよ」
村人たちが一斉にざわめく。
「勇者様だ……!」
「でも──私は勇者ではないわ」
村人たちが息を呑む。
「私は……“守るべき人”のために戦う存在。
あなたたちの伝承にある勇者とは違う」
老人は震えながら言った。
「で、ですが……
その扇子を持つ者は世界を救うと……!」
私は一瞬だけ目を閉じ、
胸の奥の外来人の声にそっと触れた。
──守護霊。
(なに?)
──俺からもお願いだ。
その声は、
これまでで一番“真剣”だった。
──勇者になってくれ。
「……え?」
──守護霊が勇者になることで、
そっちの世界も……
俺の世界も守られるかもしれない。
胸が強く締めつけられた。
(外来人……あなた……)
──だから戦え、守護霊。
そして倒せ。
黒龍を。
私は扇子を握りしめた。
その白い扇面に、外来人の声が染み込むように響く。
「……あなた……
そんなふうに私を頼るなんて……ずるいわよ……」
──頼ってるよ。
だって、守護霊は強いから。
胸が熱くなる。
私はゆっくりと顔を上げた。
「……分かったわ、外来人。
あなたの願い……受け取った」
村人たちが息を呑む。
「私は勇者になる。
この世界を救うために。
そして──
あなたの世界を守るために」
村の灯りが、ふっと消えた。
「……え?」
風が止まり、空気が重くなる。
地面に落ちた影が、まるで生き物のように揺れた。
次の瞬間──
影が“立ち上がった”。
黒い人影。
顔はなく、胸の中心にだけ、裂けた“黒龍の眼”の紋様が浮かんでいる。
(……シャドウ。黒龍の影の中でも最下層……でも油断はできない。
影は負の感情でいくらでも変質する)
「シャドウ……!」
村人の誰かが震える声で呟いた。
影の亡霊──冥界に落ちた死者の影。
黒龍の影に触れ、負の感情だけが形になった存在。
シャドウは音もなく村人へ向かい、
その影に触れた。
「ひっ……! あ、足が……冷たい……!」
村人の影が吸われ、
膝から崩れ落ちる。
胸の奥で外来人の声が響いた。
──守護霊、あれは“冥界の影”だ。
生者の力を吸う。
私は扇子を構えたまま、村人たちの前へ飛び出した。
影が伸び、村人の影を掴もうとする。
「させないわ」
扇子を軽く振ると、白い光が広がり、
村人たちの周囲に半透明の“厄除けの結界”が展開された。
影の手が盾に触れた瞬間──
バチッ、と火花のような霊光が弾ける。
シャドウは一歩退いた。
だが、こちらも盾を維持している限り、攻撃に転じられない。
「……これじゃ、どちらも動けないわね」
──守護霊、どうする?
(決まってるわ)
私は扇子を閉じ、
影の揺らぎをじっと見つめた。
シャドウは音もなく移動し、
影の中へ潜り込む。
次の瞬間、
私の背後の影が揺れた。
(……影渡り……!)
「そこね」
私は一歩踏み出し、
自分の影へと指先を触れた瞬間──
世界が“裏返る”。
──これが私の能力。
影と影をつなぎ、一瞬で移動する“影渡り”。
次の瞬間、私はシャドウの真正面に立った。
村人たちが息を呑む。
「ゆ、勇者様が……消えた……?」
「いや、移動した……!」、
シャドウは顔のない頭をこちらへ向けた。
胸の“黒龍の眼”がぎょろりと開く。
その瞬間──
影が“膨張”した。
人型だった輪郭が歪み、
背中から黒い棘のような影が伸びる。
胸の眼が二つ、三つと増え、
影の全身が脈打つように震えた。
「……異形化……!」
影の腕が四本、六本、八本と増え、
刃のように尖って襲いかかる。
──守護霊、右だ!
(分かってる!)
私は扇子を横に払った。
白い風が走り、影の刃の軌道を逸らす。
バチィンッ!
霊光が散り、影が裂ける。
だがシャドウは止まらない。
地面の影に潜り、
私の足元から“影の槍”を突き上げてきた。
「危ない!」
私は扇子を逆手に持ち替え、
影の槍を弾き飛ばす。
風が逆巻き、
影が後退する。
「……あなた、本当にしつこいわね」
シャドウはさらに異形化した。
影の腕が十本以上に増え、
地面の影が“沼”のように広がり、
私の足場を奪おうとする。
村人たちが悲鳴を上げた。
「ひぃっ……!」
「勇者様が……!」
──守護霊、落ち着け。
影の中心に“核”がある。
そこを叩けば一撃だ。
(分かったわ。
なら──)
私は一歩踏み込み、
扇子を高く掲げた。
白い霊光が扇子の縁から溢れ、
空気が震える。
影の腕が一斉に迫る。
私はその全てを“いなす”ように弾き、
最後の一本を掴んだ。
シャドウが揺らぐ。
「還してあげる。
あなたの影も、あなたの痛みも──全部」
私は扇子を振りかぶり、
全霊を込めて、シャドウの肩へ叩きつけた。
ドンッ!!
空気が震え、
地面がひび割れる。
扇子が触れた瞬間、
シャドウの身体がビキリと割れ、
黒い眼が一斉に閉じる。
影の輪郭が崩れ、
黒い霧が噴き出した。
「……ッ……ア……」
影の奥から、生前の声が漏れる。
「……たすけ……て……」
「……さむい……」
「……かえりたい……」
私はそっと目を閉じた。
「もう苦しまなくていいわ」
扇子を押し込むように力を込める。
「還界旋風」
バシュッ!!
黒い霧が爆ぜ、
シャドウはその場で崩れ落ちるように消えていく。
霧の最後に、
かすれた声が残った。
「……ありがとう……」
私は静かに扇子を閉じた。
「還りなさい」
夜の空気が戻り、
村人たちは呆然と私を見つめていた。
「ゆ、勇者様……」
「あんな化け物を……力で……!」
「なんという……浄化の力……!」
胸の奥で外来人の声が響く。
──守護霊。
すごかったよ。
(……あなたが見ててくれたからよ)
私は扇子を胸に当て、
静かに息を吐いた。
そのとき、
村の奥から小さな子どもが走ってきた。
「おねえちゃん……ありがとう……!」
その子は、私の服の裾をぎゅっと掴んだ。
影を吸われて倒れていた子だ。
「怖かった……でも、おねえちゃんが来てくれたから……」
私はしゃがみ込み、
その子の頭をそっと撫でた。
「もう大丈夫よ。
あなたの影は、ちゃんと戻ってきたわ」
子どもは涙を拭い、
笑顔を見せた。
その笑顔を見た瞬間、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……外来人。
私、この世界……嫌いじゃないかもしれない)
──だろ?
守護霊は優しいからな。
(……やめて。
そんなこと言われたら……)
胸がまた熱くなる。
そのとき──
村の外から、重い足音が響いた。
ドン……ドン……ドン……
ただの馬の蹄ではない。
訓練された軍馬の、規則正しい足音。
村人たちがざわめく。
「ま、またシャドウか……?」
「いや……光が見える……!」
松明の光が村の入口を照らし、
銀の鎧をまとった騎士が二人、姿を現した。
鎧には王国の紋章──
“白銀の翼と聖樹”が刻まれている。
先頭の騎士が馬を降り、
地面に片膝をついた。
その動きは、
まるで儀式のように美しく、
そして重かった。
「……伝承の勇者よ」
低く、よく通る声。
「我らは王国より参りました。
我はリーディア・ロマです。
《清浄の扇》を持つ者──
冥界の影を祓う唯一の存在を探し求めて」
村人たちが息を呑む。
ロマは顔を上げ、
私をまっすぐに見つめた。
「あなたこそ、伝承に記された“白き風の守護者”。
黒龍に抗う最後の希望……!」
私は扇子を握りしめた。
(外来人……
こんな大げさに言われても、実感がないわ)
──大げさじゃない。
守護霊は本当に強い。
俺が一番知ってる。
(……あなたって、本当に……)
胸の奥がまた熱くなる。
ロマは続けた。
「どうか……王国へお越しください。
黒龍の影は日に日に強まり、
各地でシャドウが出現しています。
あなたの力が必要なのです!」
村人たちも口々に叫ぶ。
「勇者様……!」
「どうか……王国を……世界を……!」
私は静かに目を閉じた。
外来人の声が、
胸の奥で優しく響く。
──守護霊。
行け。
お前なら、絶対に負けない。
私は目を開き、
騎士団を見据えた。
「……分かったわ。
私は行く。
黒龍を倒すために。
この世界を救うために。
そして──」
胸に手を当て、
外来人の声が宿る場所をそっと押さえた。
「あなたの世界を守るために」
その瞬間──
夜空の奥で、
ほんの一瞬だけ“黒い眼”が開いた。
ギラリ。
誰も気づかない。
ただ、私だけがその気配を感じた。
(……黒龍……
見ていなさい。
あなたの影は、私が祓う)
風が吹き、
扇子の白い布が静かに揺れた。
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