それから陸はもう一度華子に聞いた。
「なんで急に俺と結婚しようと思ったんだ?」
「うーん、なんでかなぁ…。なんかね、このソファーにゴロンって横になっていたらすごく心地良くって、この家から出て行きたくないなぁって思っちゃったの」
華子は、
(一人になるのが寂しかったから)
という本心はあえて隠してそう答えた。
しかし今答えた内容もあながち間違いではなかった。
なぜだかわからないが、華子はこの家を出たくないと強く思っていたのだ。
「気まぐれな君らしいな」
陸はそう言ってフッと笑う。
「本当よ! だってこの家居心地がいいんですもの」
華子はまたソファにゴロンと横になると、脇にあったクッションをぎゅっと抱き締める。
それはまるで母猫とはぐれてしまった子猫が、母親の匂いのついたタオルにギュッと抱き着いているような…そんな光景に似ていた。
そんな儚げな華子を見た瞬間、陸の胸がズキンと疼く。
その時コーヒーのドリップが終了した。
陸はマグカップにコーヒーを注ぐと、皿に載せたティラミスと一緒に華子の所まで持って来た。
華子はソファーから飛び起きると、嬉しそうに呟く。
「ティラミスー♡」
「美味そうだな…」
「甘いのが苦手なら、私がもらってあげるわよ」
「残念だな! 俺は甘党なんだ!」
「えっ? 意外ー! 元自衛官が甘党なんて笑えるー!」
「元自衛官だって甘い物は食べるさ。それに甘い物は高カロリーだから貴重なエネルギー源だしな」
「ふーん…もうなんでもいいから早く食べましょうよ」
華子はそう言って嬉しそうにティラミスを食べ始めた。
「おいしーい! そう言えば昨日杉田さんの店で食べたティラミス、あれも美味しかったわね。それにしても二晩続けてティラミスなんて笑っちゃうわ」
華子はそう言ってケラケラ笑いながらティラミスを食べ続けた。
そんな無邪気な華子を見て陸の顔が緩む。
そして、陸はスプーンを手にすると、
ティラミスを半分くらい切り取って華子の皿に載せた。
「えっ? いいの?」
「食べたいんだろう?」
「うん、ありがとうー♡」
今夜の華子は不自然なほどはしゃいでいた。
その理由は、この家にこのまま住み続けられる事になったからだ。
(私は一人ぼっちにならなくてもいいんだ)
そう考えるだけで、胸がいっぱいになる。
そしてつい嬉しくて笑顔でティラミスを食べ続けた。
華子は途中何度も、
「陸、おいしいねぇー」
と陸に声をかける。
それはまるで、拾われた子猫が居場所を見つけてホッとするような…
そして保護してくれた飼い主に構って欲しくて纏わりつくような…
そんな雰囲気だった。
デザートを食べ終え後片付けを済ませると、華子が先にバスルームを使わせてもらう事になった。
「酔いを醒ましたければ、湯船にゆっくり浸かってこい」
陸がバスタブに湯を張ってくれたので、華子はバスタイムをゆっくり満喫させてもらう事にした。
着替えを持ってバスルームへ向かう途中、陸がリビングでノートパソコンに向かっているのが見えた。
仕事だろうか?
それから華子はバスルームで身体全体を洗った後、ゆっくりとバスタブに身体を沈めた。
そして先ほどの事を思い返す。
まさから陸がプロポーズを受け入れてくれるとは夢にも思っていなかった。
なぜ彼はイエスといったのだろうか?
華子はその理由を考えてみる。
(私が自殺未遂をしたから同情してるのかな? それとも、重森と同じように付き合って飽きたらすぐ捨てればいいとでも思っているのかな? あっ、もしかしたら加瀬からの行為を断るためにあえて私と偽装結婚とか?)
様々な考えが頭をよぎる。
しかし、これという明確な答えは見つからなかった。
それでもいい。
どんな理由にせよ、拒否されなかったという事実が華子の心を満たし精神を安定させてくれているのだから。
いつかはここを出なくてはいけないだろう。けれど今すぐではない。先の事だ。それまではここにいられる。
とりあえず、私には居場所が出来たのだ
そう…居場所が…。
その時華子の頬に一筋の涙が伝う。
その夜、華子は再びバスルームで思い切り涙を流した。
散々泣いてスッキリした華子は、風呂から上がってドライヤーで髪を乾かす。
その時ふとある事に気付いた。
(あっ! 荷物の送り先をこっちに変えないとだわ!)
華子はドライヤーを置くと慌てて自分の部屋へ向かう。
今野崎に連絡すればまだ間に合うだろう。華子は急いで部屋へ戻った。
すると、部屋はもぬけの殻だった。
(えっ? 荷物が何もない!)
呆然と立ち尽くす華子の傍へ陸が近づいて来て言った。
「婚約者になったんだから、今夜からは俺の部屋で一緒に寝るんだ」
「えっ? まさか御冗談を…」
「ハッ? それが嫌なら今すぐ出て行ってもらう」
「ちょ、ちょっと待ってよ! それってあまりにも急じゃない?」
「俺は偽装婚約みたいな事は一切しないからな。これはあくまでも結婚前提のお試し婚約だ。だからお互いにちゃんとコミュニケーションを取って、結婚相手にふさわしいかどうかを判断しなくちゃだろう?」
陸はニヤッとして続けた。
「どうする? 今出て行くか、それとも俺と一緒の部屋で寝るか?」
陸は華子に究極の選択を押し付ける。
(野崎とだって寝れたんだから陸と寝るくらいなんて事ないわ! 受けて立とうじゃないの!』
華子の闘争心に火がつく。
「わかったわ。あなたの言うとおりにするわ」
「そう来なくっちゃ! 君の荷物はザッとクローゼットに入れておいたから、暇な時にでも整理するといい」
「わかったわ!」
「じゃあ俺も風呂に入って来るよ」
陸はそう言うと、寝室へ着替えを取りに行った。
コメント
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華子チャンの逆プロポーズに負けじと、陸さんも 距離を詰めてきましたね~😁w 一緒に住みだして間もないし 年も離れているのに 何故か波長の合う二人....✨ お互い遠慮すること無く 言いたいことを言い合えるし、たぶん二人とも肉食系⁉️♥️🤭ウフフ.... 婚約期間をすごすことになった、二人の今後が気になります🍀
頭脳戦みたいな陸さんと華子のやり取りが面白い〜😄 でもひとりじゃなくなったね、華子🥰 隣には華子を猫可愛がってくれる陸さんがいて、食べ物も生活リズムも合ってるんだから一歩ずつ陸さんとの恋愛と結婚を意識して幸せを掴んで欲しいな🫴😊💏❤️ 夜の生活👨❤️💋👨も激しそう💕💕だけど頑張ってね👍華子✨✨