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ruruha
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#大人ロマンス
瑠璃マリコ
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豹変した彼の形相を見つめ、怯えたように冷たい床へ膝をついたまま動けずにいる楓。
彼から目を逸らさず、息を飲む私。
それぞれの時が止まったように、重苦しい沈黙が横たわる。
「……俺が愛しているのは、亜紀だけだ」
絞り出された、地を這うような声。
遼……。
……自分に、そう言い聞かせているの?
「……」
私の心に、痛々しい感情が押し寄せる。
「……この女はただの遊び。愛など存在しない」
続けられた冷酷な言葉。
「なんてことを……楓ちゃんのお腹の中には、遼の子供がいるのよっ!」
「俺が望んだことじゃない! この女との子供なんて望んでない……そんな子供、俺には必要ない」
そんな子供? ……
俺には必要ない?
真正面から頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われる。予測できるはずもない状況が続き、眩暈がする。
「遼……なんて酷い言葉を………かっ、楓ちゃんっ!?」
私の視界を横切ったのは、涙を隠すようにして俯く楓の姿。
彼女はドンッと夫を跳ね除け、この場から逃げ出すように扉へ手を掛けた。
「楓ちゃんっ!」
彼女の背中を見つめ、咄嗟に声が飛び出した。
怒りなのか、悲しみなのか……いや、間違いなくその両方に違いない。とりとめのない感情が乱舞して、胸が痛い。
もともと小柄な彼女の背中がさらに小さく見え、微かに震えているのが分かった。
飛び出す勢いでドアノブを握った彼女は一瞬立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「あなたが何と言おうと、この子を産むわ。絶対に。どんなに私の存在を否定しても、この子からは目を背けることはできない。あなたは、私の所へ来るしかないのよ」
喉の奥深くから絞り出すようにして発せられた、彼女の言葉。
涙を溜めたその目は、毛細血管が浮き出ているかのように、血の色に染まって見える。
――あなたは、私の所へ来るしかない?
警戒心を露わにし、奇妙な言葉を落とした彼女を、ただ見つめることしかできない私。
「どういう意味だ……」
私の中にある問いを代弁するように、夫は眉間に深くしわを刻み、唇を歪めて低い声を落とした。
その声で、夫を射抜くように見つめていた彼女の視線が私へ移される。
深い憎しみと悲しみに満ちた、その眼差し。
私は猛毒を持つ蛇に睨まれたような感覚に襲われ、身を固めて息を飲む。
「今に分かるわ……その意味が」
不気味な笑みと共に地に落ちた、彼女の声。
そして次の瞬間、スーッと扉が開かれ、すり抜けるようにして小さな身体が私達の目の前から姿を消した。
「楓ちゃんっ!」
閉じられた扉を見てハッとし、硬直させていた身体を前方へ傾ける。
彼女の残像でも見ているかのように、その場に突っ立つ夫。
「遼っ! 何してるの! 楓ちゃんを追いかけなきゃっ!」
私は微動だにしない彼に向かって声を張り上げる。
「何を追う必要がある? 放っておけ」
そう言い捨てて、夫は扉から目を逸らした。
放っておけ? ……本気で言ってるの?
私は目を見開き、我関せずと言いたげな夫の横顔を見つめる。
「……あなたは……なんて残酷な人間なの……」
込み上げる怒りで声が震える。
「……俺はもともとそういう人間だ」
「違うっ! 私が愛した人はそんな人間じゃなかった! ……どうしてそんなに臆病になってしまったの?
天才心臓外科医と呼ばれるプレッシャーがそうさせたの? 名声や肩書がそんなに大切? ……私が好きだった遼は、……宮坂先輩はそんな人間じゃ」
「黙れっ!」
私の涙声を消し去った、威嚇するような怒鳴り声。
壁を突き破るようなその声の大きさに驚き、喉まで上がった声を咄嗟に飲み込んだ。
「亜紀、おまえこそ何でアイツを庇う?
アレは、おまえの旦那の浮気相手だった女だ。そいつが家に乗り込んで、嘘八百並べて家庭を崩壊させようとしているんだ。
おまえが俺を恨むのは当然だ。そして同じように、あの女を恨むのも当然のはず。なのに、何故そんな冷静でいられる?
おまえは色恋沙汰に疎い女のはず。……数年前の浮気の時は、もっと感情的になったじゃないか」
彼はゆっくりと私の方へ身体を向け、首を傾げながら目を細めた。
「数年前の浮気……」
心臓がドクッと不快な拍動を打つ。
「忘れるわけがないよな? あの時の亜紀はもっと俺を欲しがってたじゃないか。捨てられそうな子猫のように、俺に泣き縋って。
あの頃のお前は可愛かったのに……。
いつからそんな生意気な雌猫に成り変わった?
実績の上で、男も足蹴にする有能果敢な誇り高き女医。今のお前は白衣を着てる時のお前と一緒じゃないか」
私の精神をねじ伏せ、支配しようとする夫の眼差し。
まるで暗示を掛けるかのような言葉を並べ、夫はじりじりと私に詰め寄る。
「何を言ってるの……遼……」
苦々しい声を押し出し、一歩後ずさりする。
恐怖心に飲み込まれぬよう強く踏みしめる踵の重みで、ライトブラウンのフローリングがギシッと小さな音を立てた。
「俺を拒むな。……拒まないでくれ。俺には亜紀が必要なんだ。……分かるだろ? 俺が心から愛してるのは亜紀だけだ。頼む……いつまでも変わらない亜紀でいてくれよ……」
恐怖で慄く私に、夫は真綿で首を絞めるように手を伸ばす。
「……違う……そんなの愛じゃない……」
顔を引き攣らせ、覆い被さる黒い影を振り払おうと首を振った。
「愛してる亜紀。……すまなかった。こんな思いをさせるつもりじゃなかったんだ。単なる男女の愛情を超えた、深い信頼感で繋がる最高のパートナーじゃないか。こんなくだらない戯言で終わる関係じゃないだろ?」
夫は眉を八の字に下げ、宥めるかのような優しい声を掛けながら歩み寄る。
単なる男女の愛情を超えた……
長い年月をかけ、この目で、この声で征服され続けた私の精神。
血が狂ったように体内を巡る。
「……深い信頼感で繋がったパートナー?」
「そうだ。俺たちは不変の愛で守られた究極のパートナーだ」
大きく目を見開いたまま動けない私の肩に手を置き、夫は口元を引き上げ、満面の笑みを浮かべている。
違う……
こんなの愛なんかじゃない。
あなたにとって、私はただの飼い慣らし。
自分とつり合う気高さを欲し、その裏側にある従順さをも欲す。
私はあなたの……
「私はあなたのペットじゃないっ!」
私を捕らえようとする腕を大きく振り払い、彼の顔にきつい視線を向け、声を叩きつけた。
コメント
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みぅです🥀 第126話、読み終わりました。 亜紀さんの「私はあなたのペットじゃない!」――その言葉が、胸にぐっときました。 ずっと飼い慣らされてきた関係を、自分で引き裂こうとする瞬間の強さと哀しさ。 遼の“愛してる”が呪いみたいで、読んでて息が苦しかったです。 それでも抗おうとする亜紀さんの叫び、ちゃんと受け止めました。 この重さを描けるの、本当にすごいと思います。