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遥は答えなかった。けれど、逃げなかった。
だから、俺はそっと、その肩に触れた。
震えていた。
思っていたより、ずっと細くて、冷たかった。
その瞬間──遥の身体が、小さく息を呑む音とともに、びくりと跳ねた。
「やめろって……言ったのに」
かすれた声。
でも、手は振り払われなかった。
「おまえが、俺を信じるほどに……俺、どうしようもなくなるんだよ……っ」
その肩が、震えながら小さく揺れた。
崩れ落ちる寸前の、ぎりぎりの均衡。
「信じんなよ……もう……俺なんか──壊れてんだって……!」
声が震え、喉の奥で詰まり、涙がにじんだ声になった。
「触れんなよ……っ、そうやって、優しくされると、……俺……」
ぽたり、と、床に何かが落ちた音がした。
涙だった。
「全部、壊したのは……俺なんだよ。
小学校のときも、中学のときも……日下部も……。
俺が、欲しかったから、信じたから……みんな……っ」
言葉にならない嗚咽が、遥の喉を突き上げた。
俺の手の下で、遥は静かに、でも確かに──泣いていた。
もう、強がりも、皮肉も、突き放す言葉も出てこなかった。
全部、剥がれてしまっていた。
「俺、怖いんだよ……。
おまえが、壊れるのが……。
俺のせいで、いつか、おまえも……俺みたいに、壊れるのが……」
その声を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「……じゃあ、壊してみろよ」
思わず、そう言っていた。
「おまえが壊すって言うなら──壊されてやる。
おまえのせいで壊れたって、ちゃんと、全部、おまえにぶつけてやる。
だから逃げんなよ。俺の目を、見ろよ」
遥が、はっとして俺を見た。
その瞳の奥に、恐怖と、戸惑いと、痛みと──それでも、わずかな光があった。
「……バカだな、ほんと……」
そう言って、遥はとうとう、俺の胸に額を預けた。
泣き声はもう、止められなかった。
俺はただ、その背中に手を回した。
何も言わず、何も求めず。
ただ、ここにいると伝えるように。
あの日、「関わるな」と言われたのに、俺は、もう戻れない場所まで来ていた。
遥の痛みに、触れてしまった。
それでも──
「俺は、おまえと一緒に壊れてもいい」
そう思った。