二人はその後商店街へ戻ると、いくつかの店を覗いてから夕日が見えるラベンダーの丘へ向かった。
丘にあるラベンダー農園は、真子の担当医だった岸本が所有する土地だ。
元々は岸本の祖母が営んでいた農園らしい。
ラベンダー農園は一般開放されており、誰でも自由に出入りが出来る。
真子はラベンダーの時期になると頻繁に訪れていた。
草木染でラベンダー染めをする際に、ラベンダーを少しいただく事もあった。
岸本と妻の瑠璃子は、好きなだけ使っていいよと言ってくれるので、遠慮なく使わせてもらっている。
真子はこの丘から眺める夕日が好きだった。ラベンダーの香りに包まれながら絶景を楽しめる。
今日はなんとしてもその景色を拓に見せたかった。
車のハンドルを握りながら拓が聞いた。
「ラベンダーって言ったら富良野なイメージだけど岩見沢にもあるんだ?」
「うん。昔はこの辺りにも結構あったらしいよ。今はほとんどなくなっちゃったけど」
「へぇ…そうなんだ」
拓は男なのでラベンダーと聞いてもあまりピンと来なかった。
しかし紫系の花を咲かせるハーブの一種だという事は知っていた。
そのラベンダーが草木染の染料になると知って驚く。
「ラベンダーで染めると、やっぱり紫になるのか?」
「うーん、淡い紫か薄ピンクっぽくなる時もあるよ」
「へぇ、見てみたいな」
「今度工房に遊びにおいでよ」
「男が行ってもいいのか?」
「当たり前でしょう? たまーに男性の受講者もいるし」
「俺は見るだけだぞ」
「わかってるわよ」
思わず真子はフフッと笑う。
「あ、そこの坂を上がって!」
真子が指示を出すと、拓はウィンカーを出して斜めに逸れた坂道を上り始めた。
上まで登り切ると駐車スペースがあったので、そこに車を停めた。
車を降りると、ちょうど夕日が西の空に傾き始めていた。
「なんか凄くいい匂いがするなぁ…」
「これがラベンダーの香りだよ」
「へぇ…なんかこれ嗅いだ事あるぞ。アロマとかにあるよな?」
「えーっ、拓ってアロマとか焚いたりするの? まさか彼女の家とか?」
「ち、違う違う、店かもしれない。雑貨屋とかで嗅いだかも?」
「ふーん、拓って雑貨屋に行くんだぁ」
「い、行くだろう普通…」
「ふーん」
真子が疑いの目で見るので、拓は慌てて話題を変えた。
「ここは真子の担当医の土地なんだな」
「うん、そうよ」
「こっちの先生は良い医者みたいだな」
その時真子は拓が杉尾医師と比較しているのだと気付く。
拓はまだ覚えていたのだ。
「うん。凄く信頼出来るいい先生だよ、名医だし。本当に凄いお医者様っていうのは、謙虚で誠実で患者に対して紳士的なんだなーって、こっち来て思った」
「そうか……だから真子の病気も完璧に治してくれたんだね」
「うん。だから岸本先生には凄く感謝してる」
その時、日没がいよいよクライマックスを迎える。
「もうすぐ沈むね」
「うん、綺麗だな」
ラベンダーの丘から見る夕日はとても美しかった。
空の上半分は深いコバルトブルー、そして地上に近い部分がオレンジ色に染まっている。
都会から見る夕日とは違い遮るものが何もない。
二人は無言のまま、その美しい光景をじっと見つめていた。
空の色は刻一刻と変化する。
そして徐々に辺りは薄暗くなり始めた。
「なあ、真子…俺達、やり直さないか?」
暮れ行く空を見つめながら、拓が静かに言った。
「え?」
「もう一度俺と付き合ってくれないか?」
真子はその瞬間拓を見た。
拓を見つめながら目頭がジーンと熱くなる。それと同時に心臓が激しい音を立て始めた。
(私は拓に再会した時からこの言葉を待っていたのかもしれない)
真子はそう思う。
拓は心配そうな表情でこちらを見ていた。
真子が何も言わないので、困っていると勘違いしたようだ。
(ダメ…ちゃんと言わなくちゃ……)
真子は拓の目を見つめながら勇気を出して言った。
「私も拓が好き! だからもう一度拓の彼女になりたい」
真子の言葉を聞いた拓は、心からホッとした様子だった。
そして笑顔で言った。
「ありがとう、真子」
そして拓は真子を強く抱き締めた。
その瞬間、真子の瞳にはそよそよと優しく揺れるラベンダーの花が映っていた。
夕日が地平線に吸い込まれる瞬間、寄り添う二つの影は静かに夜の闇へと紛れていった。
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ラベンダーの丘での夕陽🌇が沈む中での拓君から交際アプローチ👩❤️💋👩 なんともロマンチックで思い出に残るシーン🌅 お互い心のうちを正直に打ち明けて晴れて再度交際スタート💖 今度は真子ちゃんが引け目に感じることは何一つないけど、拓君の出張後の方向性は逃げようがないからおいおい固めていかないとね‼️