日が暮れた後、二人はレストランを目指す。
真子が選んだのは夕張川沿いにあるイタリアンの店だった。
大平原の中にポツンとある店なので、昼間は店の窓から北海道らしいダイナミックな景色が見られる。
そして真っ暗な夜は、レストランの周りにある白樺がライトアップされとても幻想的だ。
真子に道案内をしてもらいながら、拓は車を走らせた。
やがて民家は一軒もなくなり、行き交う車もほとんどない大自然の中を車は走り続ける。
するとブルーグレーの外観をしたレストランが見えてきた。
「あそこよ」
「おぅっ、凄い場所にあるな。まさに北海道って感じだな」
「うん、熊に注意してね」
「マジか?」
「嘘だよーん」
真子にからかわれたとわかると、拓は笑いながら指で真子のほっぺを突いた。
車から降りると、二人は手を繋いで店へ入る。
店内では、既に数組の男女がディナーを楽しんでいた。
二人は、案内された窓側の角席へ向かい合って座る。
すぐにスタッフがお冷とメニューを持ってきた。
拓はメニューを開きながら真子に聞いた。
「オススメはあるの?」
「家族で来た時は、いつもシェフのおすすめコースにしてたよ。美味しいデザートがついてお得なの」
「んじゃ、それにするか」
「うん」
真子はニッコリして頷く。
拓はコース料理と共に、ノンアルコールのワインを二つ頼んだ。
真子は飲んでも大丈夫なのだが同じものがいいと言う。
改めて二人で向き合うと、なんだか少し気恥しかった。
そこで真子は照れをごまかすように言った。
「このレストランはね、手術をしてくれた岸本先生と奥様の瑠璃ちゃんがよくデートに使ったお店なんだって」
「へぇ…『奇跡の町』で再会したあのカップルか?」
「うんそう。二人が初めてこの店に来た時は真冬だったんだって。だから辺りは一面の銀世界だったみたいだよ」
「ここは冬もやってるのか?」
「うん」
拓は驚いていた。
岩見沢の市街地から離れていて、冬は誰も来ないような不便な場所なのに冬も営業しているという。
という事は、それなりに需要があるのだろうか?
拓は商業施設の設計をする機会が多く、ついそんな視点で考える癖がついていた。
せっかくのデートの最中にそんな事を考えている自分が可笑しくて思わずフッと笑う。
「何が可笑しいの?」
「いや、ちょっと仕事の事を考えちゃってさ」
「笑うほど楽しい仕事なの?」
真子が真顔で言ったので拓がプハッと笑った。
「なんでそうなる?」
「だって笑うくらい楽しい仕事なのかなと思って」
すると再び拓が声を出して笑った。
「違うよ。こういう店に来ると、客は年間どのくらい入るのかとか、それに対してこの立地は適切なのかとか色々考えちゃうんだ。で、休日なのにそんな事を考える自分が可笑しくってさ」
「ああ、なんだ、そういう事か」
真子は納得したようだ。
そこから拓の仕事に興味を持った真子が色々質問をする。その質問に、拓は一つ一つ丁寧に答えていった。
話が一段楽した所へ料理が運ばれてきたので二人は早速食べ始める。
拓は一口食べて驚く。
その味は、都内にあってもおかしくない程洗練された味だったからだ。
正直田舎の店だからあまり期待していなかった拓は、自分の考えが間違いであった事に気付く。
「美味いな…だから冬に営業していてもやっていけるんだな」
「うん。ここの食材はなるべく地の物を使っているんですって。だから野菜とかも凄く新鮮で美味しいんだよ」
真子はそう言って微笑んだ。
二人は食事をしながら、今度拓が設計する体験型ミュージアムの話をした。
真子はどういう工程で建物が出来るのかを拓に聞き、興味深そうに聞いている。
「ほんと凄いよ拓! ミュージアムが出来上がったらお祝いしなくちゃね」
「おー、お祝いしてくれるのか?」
「だって拓の初めての大きな仕事でしょう? お祝いしなきゃ」
「ありがとう。楽しみにしているよ」
拓は嬉しそうに笑った。
レストランでの楽しいひと時を終えた二人は車へ乗と真子のアパートを目指した。
車を運転しながら、拓はカーラジオをつけた。するとちょうどロックバンドの特集をやっている。
ロック好きな拓は嬉しそうに言った。
「お、いいねぇ」
ちょうど拓が知っているバンドの曲が流れていたようだ。
それから拓は左手で真子の右手を握った。
手を握られた真子は、反対の手で拓の指輪をいじり始める。
「ねぇ、拓…これを買った日の事覚えてる?」
「ああ、真子の誕生日に原宿へ行った後、表参道で買ったんだよな?」
「そう。『solid earth』の奥様が作ったネックレスを見て拓が大興奮して」
「そうだったなー。アレは今思えば素敵な偶然だったなー」
拓がしみじみと言う。
その時、ラジオの曲が変わった。
次の曲は、今ちょうど会話に出ていた『solid earth』の有名なラブソングだった。
そのラブソングは、ボーカルの沢田海斗がライブ中に客席にいる恋人へプロポーズの代わりとして贈ったとされる有名な曲だった。
「おっ、俺この曲好きなんだ」
拓がそう呟くと、切ないラブソングが始まる。
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「月の指輪」 作詞・作曲 沢田海斗(solid earthボーカル)
夜空に月が輝く夜に 君と出逢ったね
その瞬間モノクロの世界が彩りを放ち
輝く星のように 幸せを散りばめていた
夜空に月が輝く夜に 君は泣いていたね
その瞬間俺の心は激しく痛み
広がる宙そらのように 君を抱きしめ包んでいた
繰り返す波のように 君と時を重ねていく
流れる星のように 君と輝きを見つけたい
逢いたい気持ちを抑えられず 俺は君の元へと走る
ただ一緒にいるだけでいいんだ いつも傍にいて
ただ一緒に笑うだけでいいんだ いつも笑顔でいて
月の指輪をはめて欲しい 二人はずっと永遠に
月の夜空を眺めて欲しい 俺と一緒にずっとずっと
夜空に月が輝く夜に 君はとても綺麗だったね
その瞬間俺の心は辿り着く
輝く星のように 光を繋ぐ場所を見つけた
夜空に月が輝く夜に 君は笑っていたね
その瞬間俺の心は居場所を見つけた
広がる宙そらのように 君を抱きしめ受け止める
繰り返す波のように 君を愛し続ける
流れる星のように 君に光を届けたい
逢いたい気持ちを抑えられず 俺は君の元へと走る
ただ一緒にいるだけでいいんだ いつも隣にいて
ただ一緒に笑うだけでいいんだ いつも微笑んでいて
月の指輪をはめて欲しい 二人はずっと永遠に
月の夜空を眺めて欲しい 俺と一緒にずっとずっと
あの日浜辺で拾った 桜色の貝殻のように
二人の想い出一緒に集めて 永遠とわに暮らそういつまでも
二人の喜び一緒に集めて 永遠とわに愛を誓ういつまでも
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しっとりした曲調に、様々な愛の言葉がちりばめられたラブソングは、二人を黙らせてしまうほどの威力があった。
曲を聞きながら、拓は左手でさらに真子の手をギュッと握り締める。
真子もそれに応えるようにギュッと握り返す。
二人はその切ないラブソングにじっと耳を傾けていた。
その曲の歌詞を聞いた真子は、こらえきれなくて泣き始めた。
なぜか涙が溢れて止まらない。
それに気づいた拓は、そっと真子の手を離すとその手で真子の頬に流れる涙を優しく拭った。
真子はそんな拓の手のひらの感触を静かに感じていた。
車が真子のアパートの前へ到着した時、ちょうど曲が終わった。
その時拓が真子に言った。
「真子、今夜泊まっていってもいいかな?」
真子はうつむいてハンカチで涙を拭いていたが、
拓の問いに「うん」と頷いた。
そして二人は車を降りると真子の部屋へと向かった。
コメント
2件
美月ちゃんと海斗さんから💖
拓君の真子ちゃんほっぺツンツン👉もぅ、ほんと素敵なバカップル💓 やっと2人でまた愛を紡ぐことができる幸せ😊 カーオーディオから流れる海斗さんのBGMも2人の気持ちを後押ししてくれて、真子ちゃんのピュアな感動の涙と初めてのお泊まり💞💖💕 拓君、真子ちゃんはハジメテなんだから優しくね😉