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数人の友人と隣町の夢ノ宮で映画を見た後、家族に頼まれた買い物があるからと一人、商店街に向かい――、そのままいなくなり当然のように上へ下への大騒ぎとなった。それは現在進行中だ。
ユカリは家庭でも学校でも特に問題がない、どころか優秀な部類の生徒だった。
学力に関して言えば中の中といったところだが、生活態度はまじめで明るく穏やかな性格。下に多くの兄弟がいるせいか面倒見も良く、結果友達も多い。というのが周囲の総評だったようだ。
だからこそ、警察は家出などではなく何らかの事件に巻き込まれた可能性を想定して捜査を進めているようだ。
まずいことには――、ユカリとともに遊んでいた友人の中にキミカも含まれていた。
そして、更にまずいことに最後に商店街に入ってゆく彼女の背中を見送ったのもキミカなのだそうだ。
これでキミカに罪悪感を持つな、というほうが無理な話だろう。
実際、その日以来、キミカの生活はガタガタだと聞く。
昼は放課後、ユカリの家族や協力者たちと合流して駅前や繁華街、人通りの多いところに赴き、親友の顔写真のついたチラシを配っては情報提供の呼びかけ。
それを夕方ヘトヘトになる頃まで続けた後で帰宅。そして、そのまま食事もろくに取れず一睡もしないまま朝まで過ごし……の繰り返しだ。
このままじゃユカリちゃんが発見される前にキミカが倒れてしまう。
あるいは心が弱り切った時、怪異に遭遇すればそこにつけこまれ――、本当に殺されてしまうかもしれない。
リョウ君から何とかあの子を諫めてもらえないかな……。
泣き出しそうな声で俺に電話をかけて来たのはキミカの父、塚森レイジだった。
何も知らない人間が聞けば、何とも情けない親父だと思うかもしれない。
しかし、俺はレイジが赤ん坊の頃から知っているが、あいつは誰が相手であっても厳しく何かをいえないタチだった。だからこそ、キミカは現在、曲がりなりにも幸せな普通の生活ってやつを手にしているのだ。
そして、俺はこの街の最古老として、レイジの頼みに応える義務がある。
最も俺には語彙が少なくて、何と言えば子供に話が伝わるか、なかなか思いつけないでいた。
と、その時だった。
「あっ――!」
いきなりキミカが大きな声を張り上げ、その場で立ち上がった。
そして、そのまま石と化したかのように全身を硬直させる。
その声に驚いた眼鏡君をはじめ、中学生達がこっちを見ている。
とてつもなく嫌な予感がした。
「……キミカ? どうした?」
「な、なぁ、リョウ。今、気がついてんけど――」
キミカの顔色が真っ青なのを通り越して土色に近くなっている。
元々大きな瞳がさらに大見開かれ、小さな唇を震わせている。
「もしかして、ユカリがいなくなった理由って、家出とか事件誘拐とかやないとしたら――」
ゾクリと背中に冷たいものが走った。
昼時の気だるげな駅前は、明らかに先程とは雰囲気が変わっていた。
それはダメだ、キミカ。
今すぐ考えることをやめろ。
こんな人の多い場所で――、呼び寄せるな。
反射的に手を伸ばし、俺はキミカの口を塞ごうとする。
ユカリが失踪した原因が怪異であれ、そうであれ、今、この状態でキミカに言葉を、想いを言霊に昇華させてはいけない。
神孕みの外法――。
六年前、もともと塚森家とは外縁だったキミカが現・塚森家当主であるレイジの立会いのもと、神域に鎮座する童ノ宮の神――稚児天狗とか、カガヒコノミコトとか呼ばれている存在――に儀式を経て正式に受け入れられ、与えられた異能の力。
それはキミカの血肉とひきかえに一時的にこの世に神を具現化、つまり肉体を持たせると言う力だ。
そして、その血が力をもたらすのは童ノ宮の神だけじゃない。
モウジャや化け物、魑魅魍魎、狐狸妖怪、鬼に蛇神――つまり、俗にいう怪異と呼ばれる連中も同じだ。
だから、キミカの周りには力の強い弱いを問わず、有象無象の怪異が浮き出てくる。
そう、怪異とはこの世ならざる存在であり、地獄から浮き出てたものなのだ。
そしてキミカが恐怖心に囚われ極限まで追い詰められれば、その負の想いは呼び水となり、本当ならばそこに存在しなかったはずの怪異までもがこの世に浮き上がることさえある。
塚森家では敢えてこの事実を伏せている。まだ十三歳の女の子には到底受け入れられる現実ではない、と言うレイジの判断だ。俺も同感だ。
だけど、親心がどうであれキミカが己の血の業から逃れられるわけでもない。
こんなはずじゃなかったんだ、とある日の酒の席でレイジは胸の内を吐露したが、それは塚森の神となったあいつも同じだろう。
後悔の念は、いつも手遅れになってから湧いて出る。
「怪異のしわざやないやろか……?」
間に合わなかった。
そして、呆然と呟いたキミカの頭上で何もない空間で――
刃物で人間の皮膚を斬りつけた時のような、赤黒く滲んだものが発生する。
それはこの世の景色じゃない。
俺や塚森家のような呪われた星の元に生まれた人間にしか見えない「裂け目」。
俺はギリギリと歯軋りしていた。
クソッ。また間に合わなかった。
幸いにも、たった今生じた「裂け目」はごく小規模なものだ。
怪異の強さは異界の、地獄道から流れ込む穢れとこの世にこびりつく怨念の質量によって大きく変わってくる。
この程度なら大きく見積もっても小型犬サイズ。
それでも十分に危険だが、素早く対処すれば俺一人でも何とかなるだろう。
何とかキミカが気がつく前に叩き潰したい。
俺は拳を握りしめ、「裂け目」を睨み上げ続ける。
何かが出現した瞬間、それが何であれ俺は襲いかかるつもりだった。
と、その時――シュルッと空を裂くような、鋭く甲高い音が聞こえた。
同時に後方から何かが飛来する気配。
それは明らかに質量を持っていたが、俺に黙視することはできない。
怪異の、人魚の肉を取り込み不死となったとは言え、元はただの人間である俺には。
そう、点として撃ち出された高速の外法など見極めることなど不可能だ。
何かが「裂け目」を一閃し、次の瞬間それは空間に滲み出た穢れごと消滅していた。
「あ、あれっ? 今、うち何か言うてた……?」
キミカの顔色に血の気が戻り、ボンヤリとした目つきを俺に向ける。
いつものことだが、たった今の出来事を本人は気がついていなかった。それは恐らく周りの連中も同じだ。
「いや、何でもない……」
全身に襲いかかる途方もない脱力感を抱えながら、何とか笑顔で俺がそう言った時、エンジンの排気音が近づいて来るのが聞こえた。
「おいおい、こんな往来のど真ん中で……。お前ら、何やってんの?」
呆れたような男の声がした。
#異能
#伝奇