テラーノベル
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その声に弾かれるようにして俺は振り返った。
「もう少し周りを気にしなきゃ。みんながみんな、あんたらの関係を知ってるわけじゃないんだからさ。万が一、不審者と勘違いされて通報されたら洒落にならないよ?」
そんな減らず口を叩きながら、よっこいしょとスクーターから降り立ったのは若い男だった。
ああ、そうか。今の外法はこいつが撃ったのか。
いや、撃ったってほどでもない。ちょっと弾いただけだろう。
今のこいつなら。
その小生意気な若造は、日本ののどかな田舎町にはまるで似つかわしくない出で立ちをしていた。
上着はフェイクのレザージャケット。前を開いたままにして着込んでいる。
ジャケットの襟首と連結したフードを頭にすっぽりとかぶっている。ヴァインテージと思しきデニムのダメージジーンズを穿いた足は嫌味なぐらい長く、腰に巻いたベルトには数えきれないほど鋲が打たれていた。
ストリートファッション、とでも言うのだろうか?
それともパンク?
どっちにせよ、俺の知り合いでこんな頭のネジが緩んでいそうな恰好をしているのは一人しかいない。
「……お前か。いつ童ノ宮に来た?」
自分でも驚くほど不機嫌な声になった。
「先に礼ぐらいいいなよ。今の結構、焦ってたでしょ?」
「……いつ戻った、と聞いているんだが?」
「今朝だよ」
繰り返して問う俺に若造は肩を竦める。おまけにため息までつきやがった。
若造がフードを後ろに払いのけるとサラリと前髪が揺れ――、意外なほど整った顔立ちがあらわになる。中性的と言うよりは、いっそ女性的と言った方が正確なのかもしれない。身内の贔屓目を抜きにしても男は美形だった。
ただし、それよりも異様に鋭い目つきと左目の上から頬にかけて縦に走る古い傷のほうが遥かに人目を引くだろうが。
「だってしょうがないじゃないか。レイジおじさんがキミカの友達が行方不明になったから手を貸してくれって。あの人、電話で泣くんだよ。あり得ないでしょ」
「ちょっと待て。……レイジのやつ、お前にも助けを依頼したのか?」
「だからそうだって言ってるだろ。年を食いすぎて会話が成り立たなくなった?」
こいつは塚森コウと言う。
苗字から分かる通り、塚森家の血縁だ。レイジにとっては死んだ妹の息子で甥、キミカにとっては従兄弟に当たる。
確か今年で十八だか十九だかになるはずだ。
親が遺したアパートの収入があるため普段は東京で好き勝手に一人暮らし。時々思い出したようにふらりと童ノ宮に現れたりする。
要は与太者だ。
「お前が無償で子供探しの善行? 珍しいこともあるんだな」
そこまで言って――、俺は猛烈な自己嫌悪に捕らわれる。
たかだか二十歳かそこらの小僧っ子に何をムキになっているんだ……。
と言うかこいつも昔――と言ってもほんの数年前だ――は、かわいかった。
今のキミカと同じ年頃ぐらいまでは「リョウちゃん、リョウちゃん」と俺に仔犬のようにまとわりついていたのに。それが今では「あんた」呼ばわりだ。
「は? 別に無償じゃないし。……その、ユカリちゃんって娘だっけ? 僕が一番にその子を探し出したらレイジ叔父さん、賞金として十万くれるって言ってくれたからね」
そこまで言ってコウはへヘッと下卑た笑いを浮かべて見せる。
「お陰で今月もまたキャバクラ通いが続けられそうだよ。いやー、美味いんだよねぇ。ブスの顔を見ながら飲む酒ってさ」
子供の時と人格が変わり過ぎだろう、と俺は思った。
文字通り死ぬより辛い思いをしたとは言え。
「え? もう賞金ゲット確定?」
キミカの声がまた震えた。
だけど、さっきまでとはそこに宿る感情が違う。
「じゃあ、コウちゃん……。あんたひょっとしてユカリを見つけてくれたってこと?」
「ていうか、キミカ。お前電話に出ろよな?」
チッとコウが小さく舌打ちをする
「僕はお前専属のバイク便じゃないぞ? なんでお前を友達に会わせるために僕があちこち走り回らなきゃ」
行けないんだ? とコウが最後までぼやくよりも早く、泣き顔のキミカがあいつに飛びつき、泣き声をあげていた。
その背中を見つめながら、俺はため息をついて天を仰ぐ。
経緯はともかく、行方不明になったキミカの友達は見つかった。
とりあえず一安心と言っていいだろう。
だけど、この後数時間後、いや、数分後にその安心は崩れ落ちることだってありうる。
秋に差し掛かった空はどこまでも高く、青々と輝いて見えた。
だけど、この世は地獄と直通で――、ただの一人も逃げ場などないことも俺は知っていた
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