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「ケンちゃん、今日は仕事が終わったらドライブだよね?」
ベッドの中で理紗子が聞く。
「ああ、今日は海鮮を食いに行くぞ」
「という事は千葉のあのお店ね、楽しみ!」
理紗子は嬉しそうに言った後ハッとする。
「アレ? 今日って……」
「俺達がつき合い始めて3ヶ月記念だ」
「やっぱそうだったか。っていうかなんで男のケンちゃんが覚えてるの?」
「そりゃあ大事な日だからな。理紗子は忘れてても俺は忘れない」
「変なの」
理紗子はクスッと笑う。
「記念日の夜はいつもより激しいからな、覚悟しろよ理紗子」
健吾はドヤ顔で言う。
(毎日激し過ぎて大変なんだけど)
理紗子は心の中で呟く。
「俺の愛は果てしないからな」
更に健吾はそう言うとフッと笑った。
「ところで今日は雑誌の取材があるからキスマーク禁止令を出したんだけれどケンちゃんはちゃんと約束守ったかなぁ?」
理紗子はジロッと健吾を睨んでベッドから降りる。
「シャワー浴びるついでにチェックして来るからね! 禁止令破ってたらお仕置きよ」
それを聞いた健吾はヤバイという顔をしてから布団の中に潜る。
その時洗面所から理紗子の悲鳴が聞こえて来た。
「キャアッ!!!」
その声を聞いて健吾は更に布団に隠れる。
シャワーを終えて戻って来た理紗子は布団の中に隠れている健吾の尻を思い切り叩いた。
「いてっ!」
「キスマークつけないでって言ったのに!」
それからの理紗子は機嫌が悪かった。
健吾が何度も「ごめん」と謝ってもシカトされ続ける。
シュンとした健吾は諦めてシャワーを浴びに行く。髭も剃りさっぱりしてバスルームから戻って来ると朝食の準備が出来ていた。
理紗子は冷蔵庫にある物で朝食を作ってくれたようだ。
トースト、サラダ、スクランブルエッグとコーヒー。
サラダには細切りの人参やコーン、プチトマトが入っていて彩りが綺麗だ。
健吾の部屋の業務用コーヒーマシンも使い方をすっかりマスターしている。
部屋にはコーヒーの良い香りが漂っていた。
健吾が理紗子の顔色をうかがいながら椅子に座ると理紗子は鼻歌を歌いながら冷蔵庫からヨーグルトを出している。
機嫌が直っているようだったので健吾はホッとする。
テレビにはいつもの経済ニュースが流れていた。
食事をしながら時折理紗子が経済用語についての質問をしてくる。
それに答えてやるのもなぜか楽しい。
理紗子とのこういう朝はもう幾度となく続いていた。
月に1/3ほど理紗子は健吾の家に泊まって行くようになった。
女性が自分の家に頻繁に出入りする事など以前の健吾には考えられなかった。しかし理紗子だと全く苦にならない。
いや、むしろずっといて欲しいとさえ思えるから不思議だ。
今の健吾には理紗子と過ごすこうした何でもない時間がとても心地よく感じられた。
朝食後の片づけは二人でする。健吾が皿を下げてテーブルを拭き理紗子が食器類を食洗器に入れる。
この一連の動作ももう習慣になっている。
『結婚』というものはきっとこういう事の積み重ねなのだろうか?
今まで『結婚』について考えた事もなかった健吾が最近そんな事を考えるようになった。
今健吾の中では小さな革命が起こっている。
「じゃあケンちゃん一度帰るね。お迎えは午後4時だよね」
「ああ、マンションの前で待ってる」
「わかった、じゃあまた後でね!」
理紗子はニッコリ微笑むと部屋を出て行った。
理紗子がいなくなった部屋はなぜかがらんとして見えた。理紗子の声が聞こえない部屋になぜか違和感を覚える。
ただパソコン画面に表示される無機質なチャートの動きだけが部屋の中にのさばっていた。
健吾は小さくため息をつくと出かける準備を始めた。
その日の仕事を終えた健吾は午後4時に理紗子を迎えに行った。
マンションの前で待っていると数分後に理紗子が出て来た。
「ケンちゃんお待たせ」
#アラスター
8,998
「今日の雑誌の取材は上手くいった?」
「うん楽しかったよ。芦田唯さんっていう作家さんも来ていてね、意気投合して連絡先交換しちゃった」
理紗子は嬉しそうに笑う。その無邪気な笑顔に健吾の心は安らいでいた。
孤独を愛する男がこういった感情を持ち始めるという事はつまり……そういう事なんだと思う。
「じゃあ行こうか」
健吾は車をスタートさせた。
あの日と同じルートで二人は千葉を目指した。
「今日は寒いからジェラートはいいや」
理紗子は前に食べたジェラートの事を思い出したようだ。
最近理紗子が泣いているのを久しく見ていない。という事は理紗子は今幸せなのだろうか?
健吾といる時に理紗子は安らぎを得ているのだろうか?
そう思っている健吾に向かい理紗子は今日あった出来事を話し始めた。
女のお喋りはどうでもいい内容がほとんどだが理紗子のお喋りだけは聞き漏らしたくはなかった。
そして車はいつもの海鮮食堂へ到着した。
ひなびた店に入るといつものおかみさんが温かい笑顔で迎えてくれる。
「次は白キス丼にしようって決めていたのに、結局また刺身定食にしちゃったね」
理紗子が楽しそうに笑うので健吾も釣られて笑う。
「ケンちゃん、今日は一段と目がハートマークだよ? もう付き合って3ヶ月も経つんだからそろそろ普通にしたら?
あ、付き合ってからは3ヶ月だけれど知り合ってからは4か月以上経ってるか」
理紗子はフフンと笑うとご機嫌な様子だ。
3ヶ月だろうが4ヶ月だろうが健吾にとってはもうそんな事はもうどうでもよかった。
何も出来ずに過ぎ去った2年を思えば今理紗子と過ごしていく1日1日が愛おしくてたまらない。
美味しい食事を終えて店を出ると理紗子が聞いた。
「岬にも寄るの?」
「うん、行くぞ!」
「寒いけど星はきっと前よりも綺麗ね」
岬へ到着すると平日夜の駐車場に車は一台もいなかった。
二人はコートをしっかりと着込んで外に出る。
気温は低いが風がなかったので少しだけ寒さは和らぐ。
静まり返った空気の中二人の耳には波の音だけが聞こえていた。
「今日は先に展望台へ行こうよ」
理紗子が言ったので二人は展望台を登り始めた。少し先を行く理紗子を見つめながら健吾は思った。
この華奢な身体にどれだけのパワーが秘められているのだろうか?
あれから理紗子は新作を書き上げていた。
新作は健吾も読ませてもらったが今までとは全く違う深みのある小説に仕上がっていた。それは以前磯山が言っていた通りだった。
小説の中には健吾と理紗子が経験したあの夏の思い出が沢山盛り込まれていた。
そして主役の男女二人が交わす会話には健吾と理紗子が実際に交わした会話が使われている。
理紗子が書いた新作はただの小説ではなく二人にとってのあの夏の記憶でもあった。
その新作は今出版へ向けての準備に入っている。それと同時に既に映画化も決定していた。
理紗子にとっての二作目の映画だ。
二人はやっと一番上の展望台へ辿り着いた。
「きっつーい! 運動不足だったから前よりもきつく感じるわ」
理紗子は息を切らしながら夜空を見上げた。
そこには以前とは比べものにならないくらいの無数の星が煌めいていた。
思わず理紗子は言葉を失う。そして無意識に健吾の袖口をギュッと掴んだ。
「凄いな。冬はやっぱり空の透明度が違うんだなぁ」
「ん、凄すぎてびっくりしちゃった。綺麗だね…….」
理紗子は満天の星から目が離せずにいた。
その時健吾が急にしゃがんでから言った。
「理紗子! 俺、落ちて来た星を拾ったぞ!」
「プッ! そんな事ある訳ないでしょう? 騙されるもんですか!」
理紗子はその手には乗らないわよといった顔をして笑う。
「いや、マジだって! この手の中に本当にあるんだよ」
「嘘っ! また何か悪戯をしようと思っているんでしょう?」
「本当だって、理紗子本当だよ」
「じゃあさ、その手を開いてみてよ」
「いいのか? 星が逃げちゃうかもしれないぞ?」
「逃げる訳ないじゃん、虫じゃないんだから」
理紗子は可笑しくてケラケラと笑う。
「じゃあね、せーのーで開けてみてよ。いくよ? せーのー……」
理紗子の掛け声に合わせて健吾が両手を開くと、中にキラッと光る何かが見えた。
「星?」
そこにあったのは美しいダイヤモンドの指輪だった。
びっくりした理紗子は無言でその指輪を見つめる。
そしてその視線を健吾へ移してから聞いた。
「これって……?」
「理紗子のだよ」
「え? そうなの?」
「当たり前じゃないか。理紗子以外に誰に贈るんだよ」
「えっと……加奈子さんとか?」
「ハッ? どうして俺が加奈子に指輪を贈るんだ?」
「だって、見ちゃったから……この前携帯に着信があったのを……」
「ああ、あれは俺が弁護士を通じて連絡したからだろう」
「えっ? 弁護士?」
「ああ、英人の弁護士に頼んで加奈子に警告文を送ってもらったんだ。あいつしつこいんだよ。しょっちゅう電話はかけてくるし俺が行きつけの店で待ち伏せしたりしてさぁ。きっと警告文届いたんでびっくりして電話してきたんだろう? でもその電話自体がかけてはダメだってやっと気づいたんだろうな。最近はぱったりかかってこなくなったから」
「そうだったんだ……てっきり会ってるのかと思ってた」
「会うはずないだろう? 俺は理紗子と付き合ってるんだぞ?」
「うん……」
「だからこれは理紗子の為に買ったんだ」
「あれ? 星じゃなかったの? 星って買えるの?」
理紗子はニヤッとして言った。
「理紗子! いらないのか? いらないなら……」
「いっいるいる! お星さまちょーだい!」
「じゃあ左手を出してみろ」
「ん……」
理紗子がおずおずと左手を出すと健吾は薬指にその指輪をはめた。
「ぴったり!」
理紗子はサイズがぴったりだったので驚いていた。
そして薬指で輝くダイヤモンドを嬉しそうに見つめている。
「理紗子、俺と結婚しろ!」
「はぁ? しろって……そんな言い方ないんじゃない?」
「いや、これだけは命令形でいいんだ! そしてこの件に関してNOは絶対に許さない!」
健吾が真面目な顔をして言ったので理紗子は思わず噴き出した。
「そんなプロポーズ、恋愛小説の中では絶対に使えないわよ」
理紗子はそう言うと左手を夜空にかざした。
そして星灯りにキラキラと反射するダイヤモンドの指輪を嬉しそうに眺め続けた。
「ハイッ! カット! カーーーット!」
「監督、どうですか?」
「今のでばっちりだろう。OKだ!」
「OK出ましたー! お疲れ様ですっ! 本日はこれで終了でーす!」
「お疲れ様でしたー!」
「お先にっ!」
「お疲れ様ー!」
俳優陣は挨拶を交わした後、それぞれのマネージャーが待つ車へと歩いて行った。
「水野先生いかがでしたか? こんな所までお越しいただいて寒かったでしょう?」
「いえ、私もこのシーンには思い入れがありますので撮影風景を直接見せていただけて良かったです。あとは細かい部分を追加で撮って撮影はほぼ終了ですか?」
「はい、あとはスタジオでやる予定です。とにかく今日のこのシーンだけは最高の星空の下でやりたかったので満天の星になってくれて良かったですよ」
監督の篠崎はホッとした様子で言った。
その後理紗子は皆に挨拶をしてからその場を後にする。
そして少し歩いたところに停まっているマセラティに乗り込んでから言った。
「うーっ寒かったー」
「お疲れ! 冷えるのは良くないぞ。もう終わったのか?」
「うん、最後のシーンが終わったわ。やっぱり見に来て良かった」
「良かったな。じゃあそろそろ行くか」
健吾は後部座席に置いてあったひざ掛けを取ると理紗子の膝の上に掛けた。
「あったかーい! ねぇケンちゃん、あれからもう1年経つんだね」
「そうだな。あの海鮮食堂も営業を再開していて良かったよなぁ。おやっさんの病気で店を閉めたまま一時期はどうなるかと思ったけれど再開していてホッとしたよ」
「うん、私もホッとした。今日の白キス丼は凄く美味しかったけれどやっぱり刺身定食が食べたかったなぁ」
「生ものはダメだ。出産が終わったらまた連れて来てやるから」
「えーん食べたいよー、でも我慢しなくちゃね」
理紗子が泣くふりをすると健吾が偉いぞと言って理紗子の頭をヨシヨシと撫でる。
ひざ掛けに覆われた理紗子のお腹はふっくらと丸みを帯びていた。
もうすぐ健吾2世が生まれる予定だ。
子供が生まれたら3人でまたこの場所へ来よう。
そして優しい波音を聞きながら愛しい我が子にこの降るような星空を見せてあげよう……
<了>
コメント
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何度も何度読み返したい作品です。 忘れた頃に、またもう一度読み返したいです。いつも幸せな気持ちになります。ありがとうございます。
また読みに来ました♪楽しかった😻スパダリ最高😆
また読み返してしまった😆 いつ読んでも楽しいなぁ✨