テラーノベル
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説明の場には、役場の担当者、寺の檀家、近所の人たち、そして離れに関わってきた人々が集まっていた。
仮設の足場と補強材の説明を枝央理が済ませ、美恵が数字と記録を簡潔に示す。そのあと、遙香が一歩前へ出て言った。
「ここからは、この離れがどう使われ、どう受け取られてきたかを、札の形で見ていただきます」
鼓夏が子どもたちに目配せをする。
最初の一枚を読む声は、少し震えていた。
「こ 孤独の温度は、湯のみ一杯で変わる」
離れの中に、小さな笑いと、やわらかい息が広がる。
次の札では、享佑のプリン騒動が読み上げられて年配者まで肩を揺らし、絋規の土下座の札では義海がまた一番大きく笑った。海花の絵はどれも派手ではないのに、札の言葉の奥にある顔や気配をきちんと置いていた。
啓介は後ろからその様子を見ていた。
最初は、ただ資料のひとつとして出すつもりだったかるたが、今はもう場そのものを変えている。
笑う人がいる。
目を伏せる人がいる。
うなずく人がいる。
札が一枚読まれるたびに、離れは「古い建物」から「誰かの記憶が生きている場所」へ姿を変えていく。
芽生は端で進行を見ながら、時々だけ啓介を見る。
啓介も、そのたびに小さくうなずいた。
やがて、場の空気が自然と静まっていく。
最後の札が近づいているのだと、誰もが分かった。
鼓夏が名を呼ぶ。
「澄江さん、お願いします」
澄江はゆっくり立ち上がった。
手に持った札は、あの日の続きのために残されていた一枚だった。
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