その週、拓はほとんどの時間をホテルで過ごした。
来週はミュージアムを施工する建設会社と、市内にある事務所の設計士を交えていよいよ詳細な話し合いが始まる。
それまでに設計図の変更箇所を直しておかなければならない。
拓は日中はほとんど部屋に閉じこもり仕事をした。
そして夕方になると居酒屋の見えるカフェへ向かう。
時折運動不足だなと感じた時は街中を散策した。
その際にも、常に辺りを見回し真子が歩いていないかどうかをチェックした。
そして週末の金曜日を迎えた。
拓はこの日、少し早めにパソコンを閉じるといつものようにカフェへ向かった。
週末の商店街は行き交う人の数が多い。
仕事帰りに友人と食事をしたり飲んで帰る人が多いのだろう。
人の流れをじっと見つめながら、拓はコーヒーを飲む。
そして何気なく視線を右にやると、そこに見覚えのある女性がいた。
(真子!)
拓は心の中でそう叫ぶと、ガタンッ! とカウンターの椅子から立ち上がる。
そして窓に顔を近づけて食い入るようにその女性を見た。
女性は間違いなく真子だった。
真子はデニムのロングスカートに七分袖のストライプのカットソーを着ていた。
足元はスニーカーで背中には黒のシンプルなリュックを背負っている。
高校生の時に黒かった髪は明るいブラウンに染めていた。
髪の長さは昔よりも少し短かったが、当時と同じストレートヘアだった。
顔はあの写真の真子と同じだった。
8年経った真子は、美しい大人の女性へと変化していた。
拓はしばらくの間真子を見つめたまま無言で立ち尽くしていた。
よく見ると、真子の隣には同年代の女性がいた。
(清水先輩が真子を見た時に一緒にいた相手か?)
拓がそう考えていると、二人は笑顔で居酒屋へ入って行った。
拓は心臓のドキドキが止まらなかった。
心なしか手が震えている。
そして目頭がジンと熱くなり今にも涙がこぼれそうだった。
(真子、やっと見つけた…)
拓はすぐにでも後を追って真子に会いたい衝動に駆られたが、
考えた末、真子が居酒屋を出て来るまで待つ事にした。
せっかくの友人との時間を邪魔したくはない。
拓はチラリと時計を見る。
(きっと二時間もすれば出て来るだろう……)
その間、拓はこのカフェで夕食を取る事にした。
そして注文カウンターへ向かった。
拓はカフェで夕食を取った後、真子が居酒屋へ入って一時間半後にカフェを出た。
そして居酒屋の入口から少し離れた場所で真子を待つ事にした。
普段だったらすっかり暗闇に包まれている時間帯だったが、この日は明るい月が夜空に浮かんでいた。
おそらく満月だろう。
燦々と降り注ぐ月明かりは、拓の足元を明るく照らしている。
通りを行き交う人の波はだいぶまばらになっていた。
その時、居酒屋の扉が開いた。
扉が開いた瞬間店内の喧騒が漏れてくる。
そしてドアが閉まり静かになるとそこには二人の女性が立っていた。
「結局今日も飲んだだけじゃん」
「ふふっ、しょうがないわ、いつもの事だもん」
「駄目ですよー、ちゃんと仕事の打ち合わせをしないと」
「今日はもう酔ってて無理。明日の帰りにして」
「オッケー。じゃあ真子、また明日ね!」
「うん、おつかれー、おやすみー!」
連れの女性は真子に手を振った後、拓の前を通り過ぎて行った。
どうやら二人の家は反対方向のようだ。
拓は高鳴る胸の鼓動を押さえつつ、一度深呼吸をする。
そして反対方向へ歩き始めた真子の後を追った。
真子の後ろ姿を見ているだけで、拓の瞳には涙が溢れてくる。
しっかり真子の姿を見たいのに、その姿がどんどん滲んでくる。
真子の歩く姿からは、昔の弱々しい雰囲気はすっかり消え失せていた。
(手術が上手くいったんだな……)
拓は心から安堵していた。
真子と別れた後ずっと手術の事が気になっていたからだ。
しばらく真子の後をついて行った拓は、
真子が横断歩道の赤信号で立ち止まった時に大声で叫んだ。
「月が綺麗ですね!」
いきなり後ろから声がしたので、驚いた真子が振り返る。
そして真子の視線が拓を捉えた。
「!」
真子はかなり驚いた様子だったが、すぐに拓の事がわかったようだ。
あまりにも突然の事だったので言葉が出ないようだ。
何も言えないまま真子は今にも泣きそうな顔になる。
「真子は三日月が好きだったよな。でも今日は残念ながら満月だ」
拓はそう言って微笑む。
その瞬間、真子の瞳からはとうとう涙が溢れ出してきた。
赤信号はいつの間にか青に変わっていた。
そしてチカチカと点滅を始める。
その時拓は走り出した。
そして真子の傍まで近づくと、真子をギュッと抱き締めた。
もう二度と離さないと誓いながらその腕の中に真子を閉じ込める。
すると真子はわんわんと声を上げて泣き始めた。
切ない泣き声が夜の街に響く。
真子は激しく泣きながら拓の背中をギュッと掴んでいた。
その夜二人は『奇跡の町』で8年ぶりの再会を果たした。
コメント
1件
やっと‼️やっと8年ぶりに『奇跡の町』で満月🌕の下で奇跡の再会を果たせた真子ちゃんと拓君😭💞💕 長かったけど拓君の努力の甲斐があってようやく見つけられたね🌕 2人とも姿は大人になったけど気持ちはきっとあの頃のままで素直にこれまでのこととこれからのことを話してね🥹👍❤️