時刻は夜の九時になろうとしていた。
拓と真子はファミリーレストランにいた。
この店は、市内に数件しかないファミレスの一つだ。夜0時まで営業しているのでゆっくり話しをするにはちょうどいい。
二人はドリンクバーの飲み物を取って来ると、窓際の席に向かい合って座った。
真子はまだ信じられない思いでいっぱいだった。
真子がこの町に引っ越した事は誰にも知らせていない。
拓に居場所がばれては困ると思い、一番仲の良かった友里にでさえ教えていなかった。
それなのに今拓はこの町にいる。
8年ぶりに会った拓は、想像通り素敵な大人の男性になっていた。
元々イケメンだった拓はさらに魅力が増していた。
サーフィンのせいだろうか? 日に焼けた肌がとても野性的だ
そして当時よりも腕がガッチリと逞しくなり胸板も厚くなっているような気がする。
「ツーブロックだ」
真子は拓のお洒落なヘアスタイルを見てそう言った。
「真子は髪を染めたんだな。俺は真子の黒髪が好きだったのに…」
拓は少し拗ねたように言う。
「真っ黒な髪は重たい印象だったからずっと染めたかったの」
真子はそう言って微笑む。
「心臓の方は? もうすっかりいいのか?」
「うん。手術が上手くいって、今は普通の人と同じ生活が送れるようになったわ」
「そうか…それは良かった。ご両親は?」
「両親はもう東京へ戻ったよ」
「そっか。お父さんの転勤でこっちに来たんだもんな」
「うん…」
真子が何も言わずに引っ越した事を、拓は責める様子はない。
少し緊張していた真子は、とりあえずホッとする。
そして二人の間に沈黙が流れる。
真子は慌ててカフェオレを飲んだ。
すると拓も同じようにコーヒーを一口飲む。
その時真子は、カップを持つ拓の右手にシルバーの指輪が光っているのを見つけた。
「その指輪…」
「真子が買ってくれたやつだ」
「うん、覚えてるよ。ずっとはめてたの?」
「当たり前だろう? 俺の宝物だからな」
その言葉を聞き、真子の胸がジーンと熱くなる。
一方、拓はさりげなく真子の両手を見ていた。残念ながらそこに拓が送った指輪はなかった。
拓のがっかりした顔に気付いた真子はフフッと笑うと、カットソーの襟元に隠れていたネックレスを引き出した。
そして拓に見せる。
そこには拓がプレゼントした三日月のネックレスと、そのネックレスに通されたシルバーリングがあった。
それを見た途端拓が笑顔になる。
「真子も着けていてくれてたんだ」
「うん。仕事柄指にはめられないから、こうやって身に着けてたよ」
「仕事?」
「今ね、染織関係の仕事をしているの」
「染織? って事は、美大に進んだの?」
「うん、こっちのね」
「そっか。北海道へ行ったと聞いて大学はどうしたのかなってずっと思ってた。そうか、ちゃんと絵の勉強は続けていたんだ
な」
「うん。今は絵じゃないけどね」
真子はそう言って笑った。
「拓は? 建築科に進んだの?」
「ああ、大学の建築科を卒業した。で、今は涼平さんと同じ事務所で働いてる」
「?」
「あ、ほら、いつか駅前のカフェで会ったろう? サーファーで建築士をやっている先輩」
「ああ、あの人…」
「そう。ちなみにその涼平さんともう一人の先輩が出張でこの町に来たんだよ。で、真子がさっき行ってた居酒屋にその先輩達
も行っててさ、そこで撮った写真の後ろに偶然真子が写っていたんだ」
拓は説明しながらスマホの写真を真子に見せた。
それを見た真子は、かなり驚いている様子だった。
「あ、本当だ…」
「それで真子がこの町にいるってわかったんだ」
「凄い…そんな偶然ってあるんだね…」
「俺も写真を見た時はびっくりしたよ。でもその時から真子を必ず探し出してやるって思ったんだ」
拓はそう言うと、また一口コーヒーを飲んだ。
「えっ? でも今は? 休暇なの?」
「いや、仕事で来た。こっちには二ヶ月いる予定」
「それって設計のお仕事?」
「うんそう。今度この町に体験型ミュージアムが出来るの知ってる?」
「うん知ってる。でもそれがどうしたの?」
「その建物の設計を俺が担当するんだよ」
拓はそう言って微笑んだ。
「えっ拓が? 拓って仕事を始めてまだ四年くらいでしょう? それなのにそんな大きなお仕事を? 凄過ぎる…」
「ハハッ、もちろん俺一人の担当じゃないさ。サポートには先輩二人がついてくれる。それにうちの事務所はね、若い奴らにも
どんどんデカい仕事を振ってくるんだよ。だからこんな事は日常茶飯事なんだ」
真子はまだ驚いている様子だった。
「それにしても凄いよ、大きな施設を設計するなんて…あ、でね、その体験型ミュージアムには、うちの工房も出店の申し込み
をしているんだよ」
「工房?」
「そう、今友人と二人で染織工房をやってるの」
真子から意外な事を聞き拓は驚いた。
「へぇ、そりゃあ凄いなぁ。あ、もしかしてさっきの人?」
「そう。彼女は大学時代の友人なの。二人とも一度就職したんだけれど色々あって、今は一緒に工房を運営しているんだ」
「へぇ。真子の方こそ凄いじゃないか、女性起業家だろう?」
「起業家なんて言えるレベルじゃないけれどね」
「でも今の時代好きな事を仕事にするって結構難しくないか? それを実現しているだけでも凄いよ」
「フフッ、ありがとう。でもあんまりお金にならないけどね」
真子は恥ずかしそうに笑う。
そこで拓が唾をゴクンと飲み込んでから言った。
「真子…結婚は?」
「していないわ。拓は?」
「俺も独身」
「へぇ…拓ってモテたからてっきりもう結婚しているかなーって思ってた」
真子はそう言いながら心臓がドキドキしていた。
そしてホッとしている自分に気付く。
もしかしたら拓はもう結婚しているかも…そんな想像が何度も頭を過ったからだ。
一方、拓も心底ほっとしていた。
拓も真子が既に誰かの妻になっているかもしれないと覚悟をしていたので、独身だと知りホッとした
「この歳で結婚は早過ぎるよな」
「そうだね。今みんな結婚遅いしね」
「だな。ところで真子は恋人はいるの?」
拓にはもう一つの難関が待ち受けていた。
真子は結婚はしていなくても恋人がいるかもしれない。
こんなに綺麗なんだから、いない方が不自然だ。
「付き合っている人はいないわ。工房を開いてまだ間もないし、今は仕事が恋人みたいな感じだもの」
その答えを聞き、拓は膝の上にあった手のひらをギュッと握り締めた。
あまりにも嬉しくて叫び出したい衝動に駆られる。
すると今度は真子が拓に聞いた。
「拓は? 拓は付き合っている人はいるの?」
「いないよ。俺も今は仕事が恋人みたいなもんだ」
そう答えると爽やかな笑顔を見せた。
真子は拓が自分と同じフリーだと知り嬉しくなった。
互いの気持ちは一緒なのに、離れていた期間が二人を邪魔する。
8年はという月日は長い。
その長い年月の間、二人は全く違う道を歩んできたのだ。
だから互いに想い合っていても、気持ちを上手く伝える事が出来ずにいた。
コメント
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素直になれない8年の壁でもお互いに少しずつ確認して壁を崩しながら近づいてくしかないよね。 2人とも結婚も恋人も無しで💍は拓君も真子ちゃんも身につけてて良かったし、2ヶ月居る間にしっかりと手と手を取り合って🫶気持ちを固めていってほしいな💏