翌日岳大のパーティーは槍ヶ岳を目指して出発した。
今日のルートには『長谷川ピーク』や『大キレット』などの難所が続く。
この辺りは国内屈指の難易度を誇るルートと言われ上級者アルピニスト憧れの場所だ。
大キレット通過にはかなりの時間を要するとされ時間配分と天候の悪化に充分注意が必要だ。
幸い天気は上々だ。
パーティーのメンバーは撮影を続けながら慎重にルートを進んで行った。
危険な長谷川ピークを無事に越えいよいよ大キレットの絶壁が立ちはだかる。
昔に比べればルートは整備され道標も増えているのでだいぶ登り易くはなっているのだがそれは雪のない季節の話だ。
今の時期は全てが真っ白な雪に覆われている。
その難しいルートを岳大の経験と知識を駆使して的確にルートを開拓していく。
比較的なだらかな場所でも安全の為に岳大はロープを使用した。
雪が凍っている場所にはスノーバーを縦に突き刺しロープを固定、また雪が柔らかい場所にはピッケルで穴を掘りスノーバーを横に倒してロープをしっかりと固定する。
メンバーの安全を第一に考え念には念を入れて安全に前へ進んで行く。
このルートの最大の難所である絶壁を越える際はクライミングロープを使った。
ハーネスにロープを固定し滑落した時の危険に備える。メンバーは一人ずつゆっくりと慎重に上る。
残雪期とはいえまだ雪の多いこの時期アイスアックスを両手に持ち雪壁に突き刺しながら少しずつ登っていくのはかなり体力を消耗する。自然と皆無口になり真剣に目の前の壁を黙々と登る。
それからしばらくして全員が無事に大キレットを制覇した。そしてその後南岳を越え槍ヶ岳への登頂を成功させた。
山頂に到着すると皆が歓声を上げる。メンバーは抱き合ったり握手をして登頂成功の喜びに浸った。
山頂からの眺めは絶景だった。
360度大パノラマの絶景を見渡した翔真は感動のあまり涙ぐんでいる。
彼にとっては初めての難易度の高いルートだったのでそこを制覇した感動はひとしおだろう。
テレビクルー達は翔真が登頂を成功させた瞬間をしっかりとカメラに収める。もちろん喜びの涙もだ。
その後ドローンスタッフによる頂上からの撮影が終わると一行は今日のテント設営地まで移動した。
予定よりも一時間以上遅れたがなんとか無事に目的地へ到着した。
夜はワインを持って来ていたメンバーがいたのでホットワインで乾杯する。
そして簡素な食事ではあるが登頂成功のお祝いをした。
しかしまだ最終日が残っているので体力回復の為に皆は早めに就寝した。
そしていよいよ最終日の朝を迎える。
朝食を終えたメンバーは疲労がたまっているにも関わらず皆明るい表情だ。
メインの撮影はほぼ終えていたのでテレビクルー達も少し肩の荷が下りたようだ。
後は無事に下山するだけだ。
最終ルートは飛騨沢を経由し槍平を越えて新穂高へ戻る。
天気はこの後下り坂に向かうので充分注意をしながら進んで行く必要がある。
槍平小屋前までは問題なく辿り着いた。しかしそこで休憩をしていると徐々に雲行きが怪しくなる。
これまではずっと晴天に恵まれていたがここへ来て雪が降り始める。
雪はどんどん激しくなりこの後も悪化しそうだ。
吹雪になる前になんとか下山したかったが重い機材を抱えたスタッフ達には疲労の色が見えていた。
特に登山経験が一番少ないスタッフの川田の体調が急変する。
川田は激しい頭痛と吐き気に見舞われほとんど動けなくなってしまった。
そして天候は激しい吹雪になる。
岳大は小野や坂本と相談し天候が回復するまでビバークする事にした。
吹雪の中を無理して進むと知らず知らずのうちにルートから逸れ遭難の確率が高まる。
だからここで天候の回復を待つ事にした。麓へ戻るのが一日遅れてしまうが仕方がない。
しかしこの辺りは携帯の電波が通じないので関係者に連絡を取る事が出来ないのが少し気がかりだった。
その頃岳大の事務所では優羽と井上が仕事をしていた。
パーティーは今日下山予定だったので井上は連絡が来たらすぐに迎えに行けるよう待機していたがなかなか連絡が来ない。
「何時ごろに戻って来るのかしら?」
「さぁ、そろそろかなーとは思うんですが」
井上が答えた時携帯が鳴った。
井上が電話に出ると電話はテレビニッポンの保坂からだった。
隣で井上の会話を聞いているとどうもあまりいい連絡ではないらしい。
優羽は急に不安になる。
「わかりました。連絡ありがとうございました」
井上は電話を切ると優羽に言った。
「なんか連絡が取れないみたいです。まああの辺りは携帯の電波が通じない場所なので心配ないとは思いますが。あと現地は吹雪になっているみたいでおそらく帰りは明日になるんじゃないかって。また詳細がわかったら連絡をくれるそうです」
「そうですか……」
最悪の知らせではなかったので優羽はとりあえずホッとしたが、それでも吹雪の中にいる岳大達の事を思うと不安でいっぱいになる。
優羽は無意識に薬指の指輪をギュッと握り締める。
不安なままその日の仕事を終えると優羽は事務所を後にした。
その夜優羽は久しぶりにあの夢を見ていた。
目の前の水面には星屑がいっぱい落ちている。優羽は足を一歩踏み出ししゃがみ込むと星屑を一つ一つ集め始めた。
拾いながらいつものようにこれを全部拾うのは無理だわとため息をつく。
その時一人の男性が現れた。
男性は無言のまま優羽の隣にしゃがみ込むと目の前に落ちていた星屑を拾い始める。
拾った星屑は全て優羽のカゴに入れてくれた。そしてその後も黙々と星屑を拾い集める。
優羽が男性の顔を見るとその男性は岳大だった。
岳大の顔を見た途端優羽の瞳から涙が溢れ出す。それに気づいた岳大は優羽の涙をそっと優しく拭った。
その瞬間優羽はハッと目が覚めた。
優羽の頬には夢の中と同じように涙が伝っている。
優羽は慌てて涙を手で拭うと時計を見る。
時刻はまだ夜中の2時だった。
優羽はベッドから起き上がるとダウンを羽織り音を立てないように部屋の外に出た。
そして真っ暗な食堂を通り抜けウッドデッキへ出る。
昨日までは暖かな夜だったのに今夜はまるで真冬のように空気が冷たい。
今岳大達はここよりももっと寒い冬山の中にいるのだ。そう思うと優羽は心配のあまり胸が張り裂けそうだ。
岳大の為に今自分が出来る事は何か? そう思った時優羽は祈る事くらいしか思いつかなかった。
優羽は夜空を見上げながら流れ星が流れるのをじっと待つ。ダウンを着ていても冷たい空気が隙間から入り込み身体を芯から冷やす。優羽は右手で襟元をぎゅっと押さえながら寒さにじっと耐えていた。
10分程夜空を見上げていると突然星が流れた。
流れ星は大きな流線形を描き最後に流星痕を残して消えて行った。
優羽はその瞬間を逃さないように祈った。
(岳大さんが無事に帰ってきますように)
優羽は祈りながら薬指の指輪をギュッと握り締めた。
コメント
2件
どうか全員一緒に無事に下山できますように…☆࿐⋆*⭐︎⭐︎⭐︎
残雪の残る山々🏔️を慎重にロープを使って歩き進めてようやく山頂に着いたね🏔️🙌 テレビクルーのみなさんも重い装備と共に来れたのは本当に凄い‼️😂✨ そしてより慎重に下山へ向けて整えていた矢先の天候の変化と吹雪🌨️🥶 そして高山病?のスタッフが…🙀💦💦 岳大さんは経験豊富だから落ち着いて対処できると信じてるよ🙏✝️🌌 ただ電波が届かず電話ができない状況が優羽ちゃんを不安にさせるけど…みんな頑張って👍👍