この作品はいかがでしたか?
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彼と話してから少し時が経ったある日。
その日は以前と違い、雪降る夜ではなく夜風が心地よい梅雨の夜だった。
私は氷の妖精と言われているが、別に冬場にしか出ない訳では無い。年中その辺の空を駆けている。
あの日はたまたま冬場で、たまたま面白そうだなと目に入ったそれだけなのだ。
基本的に妖精という生き物は自由気ままな生物で、その中で群を抜いて自由なのが私と言われてる。
別にそれを自称してる訳では無いが、総体的に見ると1番らしい。
まぁ、言われれば確かに他の子と比べてマイペースかもしれないが…
そんな私がまた、夜の空を散歩しているといつか見たあのオジサンが歩いていた。
相変わらず仕事というのが忙しいのか、その背中からは明らかな疲れが見えた。
以前と同じように缶コーヒーを買って近くのベンチに腰をかけ、買った缶コーヒーを口に流し込む。
コーヒーの味を少し楽しんだと思えば、スーツの胸ポケットからタバコを取りだし、一本口にくわえてジッポライターで火をつけ一服する。
彼は雲が陰ることない夜空を見てなにか思い馳せていた。それは私には分からない。けど、彼の行動は以前と同じで、なにか悩みがあると言うのだけは私の目線でもわかった。
別に私が彼に接触する理由はないし、彼もそれを望んでるわけもない。だけど、何故か私は彼の元にまた舞い降りていた。
ーー当時の自分は分からなかったけど今の私ならわかる。この時の私は彼と同じだったんだ。なにか自分でも分からない悩みを持っていた。それを無意識のうちに感じて、傷を舐め合うような真似をしたんだ。そうすることで《自分》を保てる気がしたからーー
また、彼の目の前にゆっくりと降り立って彼に笑顔を見せた。そのあと、ちゃんと話しかけた。
「おじさん久しぶり!」
「君は………」
「あたしの事覚えてる?」
「あぁ、もちろんだよ氷の妖精さんだね」
「えへへー覚えててくれて嬉しい」
「それにしても早い再会だね。確か次会うときは、また雪の降る日だと思ってたけど…」
「偶然空からおじさんが見えたから」
「その約束破ってまで来ちゃった」
「ふふっ…。そうか。なんか嬉しいな」
「また、お話聞かせてよ!」
「楽しい話じゃないぞ?」
「言ったでしょ?悩み事は一人で抱えるよりも誰かに聞いてもらうことが大事って!」
「そう言えばそうだったね」
「まさか、大の大人が子供にあやされるとは…」
彼との緊張も軽くほぐして悩み事を聞いてみる。
内容はもちろん会社でのこと……だと私は予想してたが、思いのほか更に重たい話が飛んできた。
「私はもう30近くになるんだけど、未だに独りでね。周りは妻子がいたりするんだが、私はその仲間から外れてしまってて、それを紛らわすために飼い猫がいたんだ。ソイツは少しやんちゃで家に帰るといつも部屋が荒れてるんだけど、憎めないくらい可愛くてさ。これが親バカってやつなのかもしれないけど……」
「そんな奴が最近急に元気がなくなって、病院に連れてったら残り僅かな命だって言われて、突然過ぎて私の脳が処理しきれていなかった。」
「少ししてその現実を理解した時言葉にできないくらいの絶望感が私を襲ったんだ…そしてその時初めて私は気づいた。私の心の拠り所は彼にあったのかもしれないって……」
「それを実感したのはつい先日だ。彼は新たな世界にと旅立った……私は彼を失ってまた独りになってしまった。昨日も家に帰り『ただいま』と口にした時の静けさが私の心を苦しめる…」
「彼と私の付き合いは6年になる。6年もあれば愛情がこうも大きくなるのは誰もが予想できたこと。」
「私の生きる目的は彼にあったのかもしれない。彼がいたから仕事が出来ていた。そう言っても過言ではない。」
「心の支えをなくした今、私は一体何を支えに生きていけばいいのか分からないんだ……」
人は一人では生きては行けない…普通に生活する中でも必ず誰かの助けを得ている。例えば食べるもの。その米は、肉は、自分が一人で手に入れたものか?いや、そんなことはない。米は農家の人が作ってくれた。肉だって育てた人もいるし、それを食べやすく加工してくれる人もいる。だから胸を張って一人で生きていけると言える人間は存在しない。
人は基本的に現金な生き物だと私は思ってる。なにか対価があるから行動を起こす。これも分かりやすい例をあげるなら、誰かを助けた時見返りでお金が貰えるという事や、感謝されるという事がある。行動を起こした時自分にとって価値あることがあるから《行動》する。
これは、人の《記憶》にねじ込まれているものだと私は思っている。だが、違うパターンもある。
それが、彼の言う心の支えだ。彼の場合は愛猫が存在したことでそれがモチベーションとなっていた。対価があるから行動する。もちろんそれもあるだろうが、彼の場合この仕事と言われるものは、自分が生き抜くために必要なことなのだろう。だから対価があるからと行動するのではなく、生き抜くためにと行動する。その仕事というものが彼にとって義務的なもので、それが心身共に辛いと感じているのだ。
それでもやらなければならない。そうやって鼓舞するのに必要なのが《心の支え》となるわけだ。辛いことを平然と続けることは異常者でない限りは無理だろう。だから人はなにかに縋りたくなるのだ。それは人であったり、動物であったり、はたまた神と言われる偶像であったり……
人が壊れる時はその心の支えが消えた瞬間だ。彼もその一人に過ぎない……。心の支えを失った人々は、えもいえない喪失感に襲われて自分の存在を問い出してしまう。これが恐らくうつ病と言われるものだ。そんな人を救う方法を私は詳しくは知らない。けど、今目の前で彼が悲しみに暮れている。それを放っては置けない。私なりの回答でいいから、彼に元気を出してもらうんだ……
少し間を空けて、一度深呼吸をし真剣な眼差しをして彼の瞳を見る。そして私は言葉を紡ぐ…
「おじさん………」
「私が人とは違う生き物なの知ってるよね?」
「あ、あぁ……」
「妖精は人間と違って何百…何千年と生き抜く事があるの。もちろん私も例外ではないよ?」
「それで、それだけ長く生きていればおじさんのように何かを失う瞬間が訪れる。」
「その喪失感は私も分かる。けど……落ち込んでいても何も解決しない」
「生きとし生けるものには必ず終わりが存在する。飼っていた猫ちゃんとあなたの生きれる時間は同じでは無い。けど、共に過ごした時間は同じ時間のはず。別に私はその悲しみを忘れろなんて言わないし、むしろ覚えていて欲しい。悲しい思いをして、それを乗り越えた時、人はまた強くなれるの。」
「あなたは言った。心の支えが無くなった、と。それは目に見える猫ちゃんがいなくなってしまったからそう感じるだけなの。猫ちゃんと共に過ごした時間はあなたの脳に記憶されて、それが《心》になってると思う。」
「だから心の支えを失ったなんて言わないでほしい…。きっと猫ちゃんはあなたのそばにいるはず。姿は見えないけど、でも確かにそこにいる。猫ちゃんもあなたとの時間を大切に…楽しく思っているはずなんだから……」
私が言葉を言い終える前に彼は納得した顔をした。
「……………そうか」
「そうだよな…」
「なにも、目に見えるものが全てではないよな。過ごした時間というものは目に見えない。けど、あの子と過ごしたという事実は消えないし、私とあの子の心には残っている…」
「ありがとう妖精さん。私はまだ、絶望するには早かったかもしれない。」
私の言葉が彼の《心》を動かしたのか、話しかける前よりもいい顔をしている。
「…うぅん。そんな大したことしてないよあたし」
「いや、話を聞いてくれると言うのはここまで大事なことなのだと気づけたんだ。」
「それにこんな話誰も聞いてくれないと思ってた節があるから余計に感謝したくてね」
「おじさんの笑顔がまた見れてよかった!」
「人に限らず妖精もみーんな笑顔が一番だよ」
「そうだね。笑うことって大事だよね。また君に元気づけられたよ」
「元気ない時はあたし思い出してみたら?」
「もしかすると元気出るかもよ?」
「ハハッ!それはいい提案だね!今度そうしてみようかな。」
「それじゃあ私はそろそろ帰ることにするよ」
タバコを吸い終えて、残っていた缶コーヒーを飲み干し、カバンを手にして立ち上がる。空の缶コーヒーは近場にあった自販機のゴミ箱に捨てて、ベンチを後にした。以前と変わらず、彼は私の方を向いて軽く手を振ってから帰路にと足を運んでいった。
私は、少し自分に違和感を覚えた。それは、彼との最後の会話で冗談のつもりで言った『元気ない時はあたしを思い出してみたら?』に対して彼は、いい提案だと返してきたことだ。もちろん相手もジョークのつもりだったかもしれない。けれど、その言葉を聞いた時不意に胸が高鳴るような気持ちに陥ったのだ。彼にアドバイスをしていた私だったが……
私は今、彼が自分にとっての心の拠り所になっているのではないかと感じてしまっている。もしそうだとしたら、いずれ私も彼と同じように大きな喪失感が襲ってくるのだろうか……
そうなった時私は…
彼と同じようにその悲しみをバネに未来に進むことが出来るのか………
コメント
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なんか深いっすね…それはそうとようせいちゃんかわいい(脳死)