テラーノベル
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生を受けたその瞬間から、俺は自分の足で立っていた。
親の顔は知らない。興味もない。
叢(くさむら)、肉、絶え間ない飢餓。
それが俺の世界の全て。
自分より小さくて動きの遅い黄緑色の虫を、素早く捕らえて喰らう。
じたばたと動く肉を鎌のような前足で押さえつけ喰らう時、どうしようもなく生を実感する。
兄弟だろうと腹が減れば喰う。
それが生きるってことなんじゃないか?
兄弟はあらかた死んだ。
あるものは共食いに負け、あるものは茶色い鳥に啄まれ、あるものは草の外でぐしゃぐしゃになって潰れていた。
数多の捕食と脱皮を繰り返し、俺は大人になる。
恋の季節がやって来た。
叢、肉、絶え間ない飢餓。
それだけだった世界を絶え間ない衝動が揺らす。
ある時、例えようもなく良い匂いに触覚が震えた。
衝動、衝動、衝動___。
叢をかき分け、匂いの元を辿る。
そこには俺よりもはるかに大きな女がいた。
慌てて俺は息を潜める。
見つかれば、即、死。
トノサマバッタを捕えた時だって、空を飛ぶ黒い化物から命からがら逃げた時だって、こんなに緊張したことはない。
それにしてもあのぷっくりとした腹部。
近づけば殺されるのは分かっているのに、どうにも目が離せない。
女は俺の気を知ってか知らずかぷっくりとした腹部を見せつけるかのようにわずかに持ち上げる。
もうどうなっても構わなかった。
じり……じり…….と距離を詰め、えいやっとその女のいる草へ飛び込んだ。
わずかに草が揺れる。が、女は少し触覚を動かしただけでぴくりとも動かない。
気づいているのか?
それともあえて気づかぬふりをしているのか?
どちらにせよ、もう後戻りは出来ない。
女を刺激しないようゆっくりと背後に回り、
背中に飛び乗り腹部を曲げた。
交尾が始まっても、女はぴくりとも動かない。
いつ女が俺に振り向き食い殺されるか気が気でない。
俺の精が注ぎ込まれると、女の身体が僅かにゆらぐ。
充足感と疲労感に嘆息すると、女がゆっくりと振り向いた。
「………合格♡」
ザシュッ。
そういうやいなやその女は風よりも早く俺を鎌で捕え、俺の目玉に齧りつく。
痛みで正常な思考が出来ない。だが、どういう訳か抵抗しようだとか、逃げようだとかそういった事は一切考えられなかった。
暫くすると痛みが消え、身体の力がすぅーっと抜けていく。
俺が、終わっていく。
夜が明ける頃、俺の姿はもう、この叢にはないのだろう。
コメント
1件
うわあ……これ、めちゃくちゃ引き込まれました。蟷螂の一生をここまで内側から描くって、すごい発想ですね。狩りの感覚や飢え、そして交尾の衝動——すべてが「生きる」という原動力に直結していて、読んでるこっちまで息が詰まりました。最後の「合格♡」からの一連の流れ、残酷だけどどこか美しくもある……。命のやりとりってこういうことなんだな、と静かに咀嚼してしまいました。次が気になります。
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