「――ひっ、ひぃいいいい!」
別の方角から新しく悲鳴があがった。グルッと方向転換した稚児天狗の視界にアキミチ君。そうだった、まだこいつが残っていた……。
アキミチ君は床に尻もちをついていた。見苦しく手足をバタつかせ、腹からこぼれ出た内臓を床の上でのたうたせている。その情けない姿に最早恐怖は感じない。それどころかある種の憐れみや滑稽さすらあった。
「や、やめろ! やめろって! 頼むから僕に近づかないでくれ!」
アキミチ君はうち――いや、稚児天狗を相手に懸命に命乞いをする。結局のところアキミチ君は本人が語ったように怪異に支配され使役され続けた使い走りにすぎないのだろう。
うちとユカリを散々怯えさせ、命すら奪いかけたけど、この惨めなモウジャは憎むべき相手じゃない。むしろ、アキミチ君のことは哀れむべきなのだ。そんなうちの想いとは反対に――、稚児天狗は次なる標的にアキミチ君を見定めたようだった。
まるでいたずらっ子がそうするように、両手を顔の横に広げて威嚇のポーズ。恐怖心を煽るようにジリジリとアキミチ君ににじり寄っていく。
こら。イジメたらあかん。思わず苦言するが、返答はない。稚児天狗はまるでいたずらっ子のように可愛らしい満面の笑顔。ただ、その目だけがギラギラと異様に強い光を放っている。
「か、勘弁してくれ! 悪かった! 僕が悪かったから!」
憐れみを誘おうと情けない金切り声を発し続けるアキミチ君。
「お願いだから二度も僕を殺さないでくれ!」
「――ちょっと落ち着き。そないに怖がらんでもええから」
稚児天狗の口を借り、うちはてアキミチ君に語りかけいた。とてもではないが見ていられなかった。
「この子、こう見えても神様やから。昔は荒ぶっていたけれど――、塚森の人達が長い年月をかけて慰めて神様になるよう、祀り上げてきたから。……さっきの怪異かて、死んだんちゃう。ただ、この子が自分の中に取り込んだだけや」
神様に連れ去られると言うことは、神様と一体になること。そう教えてくれたのはお父さんだった。
だから、神様に連れ去られてもキミカはいなくならない。キミカは神様の中でキミカのまま、ずっと存在し続ける。
昔、亡くなったお父さんの奥さんや二番目の妹、両親がそうであるように。塚森家をはじめとした童ノ宮の氏子は、みんな、最期は神様と一つになる。
その瞬間は少し怖いけれど、この世にはたった一人で未来永劫を孤独に過ごさなきゃいけない人もいる。それに比べたら神様に連れ去られるのはずっと幸せなことなんだ、と。
「う、ウソつけ! 何が幸せだ! そんなの永遠に囚われ続けるってことじゃねーかよ! このガキの姿をした化け物に! そんなの地獄に落ちる方がまだマシだろうが!」
この期に及んでまだ喚き散らかすアキミチ君。
思わずうちは失笑していた。もし、この時、肉体があったら――口の端を歪めていたと思う。
きっと、そんなうちはとんでもなくブスなんやろな……。
と、稚児天狗の高下駄が体育館の床を蹴る。アッと声をあげる間もなく、稚児天狗はアキミチ君との間隔を詰めていた。丸みを帯びた子供の手が驚愕に目を見開くアキミチ君の顔をつかむ。骨が軋むような音を立てて稚児天狗の顎が大きく、胸元まで開かれる。その上下にも、咥内にも、喉の奥にも――猛獣あるいは鮫のような牙が無数に出現。蛙が蛇に飲み込まれるように悲鳴ごと、アキミチ君は頭から丸呑みにされていた。グシャグシャ、ゴリゴリ、バキバキと。
口の中で粉砕されたモウジャの味が広がってゆく。それは先週、お父さんとレストランで食べた神戸牛よりもはるかに芳醇な味わいだった。
……そう言えば、肉って腐りかけが一番美味しいんやったっけ?
そんなことを考えている内に――、うちの意識はブラックアウトした。






