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第十二章 ラディスへの帰還
第十三話 二人の秘密基地 後編
街道をゆっくり進む馬の蹄の音が、
秋の澄んだ空へ心地よく響いていた。
ダイチは手綱を握りながら時折、ちらっと後ろを振り返る。
その度に、ジントと目が合う。
するとどちらからともなく視線を逸らす。
そんなことを何度か繰り返したあと。
「……なんか変な感じやな」
ダイチがぽつりと呟いた。
「え?」
「いや……」
少し困ったように笑う。
「昨日から、なんかお互い変やん」
「っ……!」
ジントの顔が一瞬で熱くなる。
「だ、ダイチが変なんだよ!」
「なんで俺!?」
「だって……!」
「いや、ジントもやろ!」
「〜〜〜っ!」
二人同時に黙る。
そして数秒後。
「っはは!」
先に吹き出したのはダイチだった。
つられてジントも笑ってしまう。
その瞬間、ようやく少しだけいつもの空気が戻った気がした。
やがてダイチは一軒の店の前で馬を止める。
香ばしい香りが鼻を掠めた。
子供の頃から何度も通った、小さなパン屋。
二人は馬を降りる。
店の扉を開いた瞬間、焼き立てのパンの香りがふわっと二人を包み込んだ。
カウンターには色々な形や大きさのパンが並んでいる。
「うわぁ、久しぶりやなぁ!」
ダイチの声が弾む。
すると奥から丸い顔をした女性が顔を出した。
「いらっしゃい――って」
目を見開く。
「ダイチ君とジント君じゃない!?」
ぱっと笑顔になる。
「まぁ! 二人とも大きくなったわねぇ!」
「今いくつになったの!?」
「元気にしてた!?」
「いつ帰ってきたの!?」
矢継ぎ早に話し掛けてくる。
ダイチは笑いながら頭を掻いた。
「おばちゃん相変わらずやなぁ」
ジントも柔らかく微笑む。
「おばさんも元気そうで良かったです」
すると今度はパン屋のおばさんの目が潤み始めた。
「二人が街を出たって聞いてから……」
エプロンの裾で目元を拭う。
「長いこと帰ってこないし、色々心配してたんだよ……」
その声に、ジントの胸が少し締め付けられる。
だがダイチはそんな空気を吹き飛ばすように明るく笑った。
「もうおばちゃん!この通り俺ら無事やって!」
「……うん、うん……!」
おばさんは何度も頷いたあと、ぱっと顔を上げる。
そしていつもの調子へ戻った。
「さあさあ!」
「パン買いに来たんだろ?」
「ダイチ君の好きなチーズパンと、ジント君の好きなクリームパンもあるよ!」
そう言うと、さっそく紙袋へパンを詰め始める。
「ちょっ……!」
ダイチが慌てる。
「おばちゃん詰めすぎやって!」
「今日はサービスだよ!」
「いつもサービスしてくれるのに……」
ジントも困ったように笑った。
結局。
二人は礼を言い、ぱんぱんになった紙袋を持って店を後にする。
ダイチがそれを抱えながらニヤリと笑った。
「この後どこ行くか、分かっとるよな?」
その言葉にジントの顔がぱっと明るくなる。
「もちろん!」
二人は来た道を戻り、北門へ向かった。
顔馴染みの門兵へ軽く手を振る。
そして馬は、木々の間を抜ける林道へ入っていった。
赤、橙、黄色。
色付いた葉が頭上高く広がり、気持ちの良い木陰を作っている。
風が吹く度森がざわめいた。
まるでここだけ、世界から切り離されたようだった。
「確か、この辺りやったっけ……?」
ダイチが辺りを見回す。
すると
「あ!」
ジントが指を差した。
「ここ!」
林道の脇に小さな小路が見える。
「おぉ、ここやな!」
二人は顔を見合わせた。
馬を降りる。
手綱を引きながら、細い小路へ入っていった。
「ここってこんな狭かったっけ?」
ダイチが顔へ掛かる枝を払いながら言う。
ジントも草を踏みしめながら笑った。
「子供の頃は走って抜けられたのにね」
しばらく進む。
すると、ぱっと視界が開けた。
目の前には、樹齢何百年もありそうな巨大な木がそびえ立っている。
その周囲だけ、特別な空間みたいに静かだった。
神秘的な空気が漂う。
二人は無言で木へ近付く。
そして反対側へ回り込んだ。
その瞬間
「……残っとる!!」
ダイチが嬉しそうに叫んだ。
「わぁ……!」
ジントも思わず声を弾ませる。
「あの時のままだ!」
木の根元。
少し抉れた部分。
そこへ継ぎ足された、拾った枝で作られた小さな屋根。
掛けられたボロボロの布。
並べられた石。
子供達なりに作り上げた、二人だけの秘密基地。
そして木の幹に刻まれた文字。
『ダイチとジントのひみつきち』
ジントはそっとその文字を指でなぞった。
ダイチは布をめくり中を確認する。
「お! 中も大丈夫そうや!」
ジントも隣から覗き込む。
湿った木の匂い。
少し暗い空間。
中には木箱や瓶、拾い集めた石などが置かれていた。
ダイチは懐から魔石灯を取り出す。
淡い灯りが基地の中をぼうっと照らした。
二人は身体を屈めながら中へ入る。
思ったより狭い。
「なんか昔より窮屈やな」
ダイチが笑う。
ジントもくすっと笑った。
「俺たちが大きくなったんだよ」
二人は隣同士で腰を下ろした。
昔と同じように。
「そういや俺、しょっちゅう魔石灯持ち出すから親に怪しまれたっけ」
ダイチが灯りを見つめながら言う。
「ふふっ」
ジントも懐かしそうに笑った。
「あの時はバレそうになって焦ったよね」
そして
「せっかくだからさ!」
ジントが紙袋を掲げる。
「ここでパン食べようよ! 昔みたいに!」
ダイチも嬉しそうに笑う。
「もちろん俺もそのつもりやってん!」
肩を並べてパンを頬張った。
「おーっ!」
ダイチが幸せそうな声を上げる。
「やっぱ美味いなぁ、おばちゃんのパンは!」
「ラディス帰ってきた!って感じするよね」
「にしても詰めすぎちゃう!?」
「ほんとそうだよね」
その時
「あ!」
ジントが袋の中を覗き込む。
「食べたことないやつある! 新作かな?」
「え!? 俺もそれ食べたい!」
「じゃあ半分こね」
気付けばいつもの二人の空気が戻っていた。
自然に笑って。
自然に隣にいて。
ただそれだけで幸せだった。
やがてお腹も満たされ、秘密基地の中へ柔らかな眠気が広がっていく。
ダイチがうとうとと目を閉じ始めた。
「……眠い……」
「ふふっ」
ジントは小さく笑う。
そしてそっと、ダイチの頭を自分の肩へ引き寄せた。
柔らかな髪が頬へ触れる。
高い体温。
穏やかな寝息。
まだ少しだけ幼さの残る寝顔。
その姿を見ていると、胸の奥が不思議なくらい温かくなった。
昔から知っている。
何度も自分を救ってくれた存在。
暗闇の中で、迷わず伸ばしてくれた手の温もり。
ずっと大切だった。
けれど、今感じているものはそれだけではない気がした。
ただ隣にいるだけで。
同じ景色を見ているだけで。
こんなにも満たされる。
そんな感覚を、ジントは初めて知った。
「……ずっと、このままだったらいいのに……」
小さく呟く。
その言葉に自分で驚く。
誰かと一緒にいる未来を、願ったことなんてなかったから。
だけど今だけは、この温かな時間が永遠に続けばいいと、そう願いながら、ジントもそっと目を閉じた。
冷たい秋風が、枝葉を揺らしながら森を吹き抜けていく。
けれど二人のいるこの場所だけは、温かく、静かで。
まるで世界から切り離されたみたいに、全てが満たされていた。
コメント
3件
パン屋のおばちゃんが2人の好きだったパンを今でも覚えてくれてるシーンが好きです。2人の思い出の秘密基地に成長した2人が仲良くパンを食べてるのになんかこのまま幸せでいて欲しいって思いました☺️
ああ、もう…この話、胸がぎゅっとなりました。パン屋のおばちゃんとの再会も、秘密基地の中の“あの時のまま”の場所も、全部が懐かしさと温かさで詰まってて。特に、ジントが寝てるダイチの頭を自分の肩に引き寄せるシーン、静かな愛情が滲んでて好きです。「ずっと、このままだったらいいのに」って、無意識に溢れた本音なんだろうな…。二人の距離が少しずつ変わっていく予感が、秋の木漏れ日みたいに優しくて、読み終わったあと、ほんのり寂しくて温かい気持ちになりました🌿
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