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そしていよいよ日曜日が来た。
この日は真子の婚約指輪を買いに行く日だった。
拓は朝食を食べながら真子に聞く。
「どういうデザインがいいか決めた?」
「うーん…ネットや雑誌で色々見たけれど、なんかいっぱいあり過ぎて分かんなくなっちゃった」
真子はそう言ってペロッと舌を出す。
「そうかー。あんまりあり過ぎても悩むんだな」
「そう。でもあれこれ悩むのも楽しいんだよね、きっと」
真子はニコニコして言う。
嬉しそうに笑う真子を見て拓は胸がいっぱいになる。
そして『幸せ』というものは、多分こういう何気ない瞬間にふと感じるものなのかもしれないと思った。
その日の午後、二人は市内にある唯一の宝飾店へ向かった。
ジュエリーショップは商店街から少し離れた場所にある。
真子の家からは歩いて20分ほどだった。
店の名前は『ジュエリーショップリアン』。
店のホームページには『リアン』はフランス語で『絆』を意味すると書かれていた。
まさに二人に相応しい店名だ。
ショップの前に着くと、真子が感動していた。
なぜなら、店の外観はまるでカフェのようにお洒落な雰囲気だからだ。
店は白一色のこじんまりした建物だった。
通りに面した外壁は漆喰で塗られ、窓枠や扉は全てミントグリーンに塗られている。
まるでおとぎ話に出てきそう可愛らしい店だった。
「こんなに可愛いお店だとは思わなかったよ」
「真子が好きな雰囲気だな。じゃあ入るぞ」
拓はそう言ってミントグリーンのドアを押した。
二人が店に入ると、
「いらっしゃいませ」
と、店主らしき50代くらいの女性が笑顔で出迎える。
店内は外観と同じく、とても可愛らしい雰囲気だった。
床も壁もアンティーク加工を施された白い木材に覆われ、インテリアもフレンチアンティーク風だった。
まさに真子の好みだった。
日曜日という事もあり、店には拓達と同世代のカップルが一組来店していた。
カップルは若いスタッフと向かい合って何か相談している。
拓は店主に向かって言った。
「すみません、婚約指輪を見たいのですが」
すると店主は、
「ご婚約でございますね、この度はおめでとうございます。こちらのショーケースが婚約指輪になっております。石の大きさやデザインは色々ございますので、気になった物があればお申し付け下さいませ。もしこちらで気に入ったものが見つからなければ、セミオーダーでもお作りする事も可能ですので」
ラーメン店のおかみさんの言う通りだった。
やはりセミオーダーでも作れるらしい。
そこで拓が聞いた。
「セミオーダーだと出来上がるまでにどのくらいかかりますか?」
「はい、一ヶ月ほどお時間を頂戴いたしております」
(そんなにかかるのか……)
ちょうど一ヶ月後は拓が神奈川へ戻る時期なので微妙だ。
それに拓は一刻も早く真子の薬指に指輪をはめたかった。出来る事なら今すぐにでも指にはめて帰りたい。
そこで拓が真子にどうするか聞こうとすると、真子は上体を倒してショーケースの中を一心に見つめていた。
「真子?」
拓に声をかけられてハッとした真子が、慌てて身体を起こす。
「何?」
「どうする? セミオーダーだと一ヶ月かかるんだって」
「そうなんだ…」
そこで店主が言った。
「お急ぎでいらっしゃいますか?」
「はい…出来ればなるべく早く購入したいのですが…」
「そうでございましたか。どうしてもお急ぎの場合は、三週間ほどに短縮も可能ですがそれでもまだ遅いでしょうか?」
店主が心配そうに聞く。
その時真子が拓のシャツを引っ張っておずおずと言った。
「拓…私これがいい……」
「え?」
拓は驚いて真子に聞き返す。
「一目惚れしちゃったの」
真子はそう言って恥ずかしそうにはにかんだ。
拓が真子の指差す方を見ると、そこには月と星のモチーフを組み込んだダイヤモンドの指輪が輝いていた。
そのデザインは、よくある立て爪の婚約指輪とは違い、
爪の高さが低いので、普段でも身に着けられそうなデザインだった。
「月と星?」
「うん…だって満月の夜に拓と再会して、星空の下でプロポーズだったんだもん」
「あ、なる……」
思わず拓の顔が緩む。
真子は再会とプロポーズの夜を、指輪という形にして身に着けたいのだろう。
そう思うと、拓はなんとしてでもその願いを叶えてやりたいと思う。
拓はさり気なくその指輪の値札を見ると、予定していた予算よりもかなり安かった。
その時店主が二人に言った。
「身に着けてみられますか?」
「あ、お願いします。ちなみにダイヤのサイズはこれ一つだけでしょうか?」
拓はもう少しダイヤが大きくてもいいような気がしたのであえて聞いてみる。
「少々お待ち下さい。工房の方に在庫があるかもしれませんので、ちょっと見て参りますね」
店主はそう言ってバックヤードへ戻って行った。
そこで真子が言った。
「この奥に工房があるんだね」
「そうみたいだな。サイズ直しとかもすぐに出来るかもね」
「うん。でもさぁ、ダイヤはこのサイズでいいよ。これで充分だよ」
真子はそう言ってショーケースの指輪を指差す。
「いや、折角だからもうちょっと大きいサイズのダイヤにしたいな」
「これでも充分大きいよ。それにとっても綺麗だし」
「いや、俺は真子にもうちょっとデカいのをプレゼントしたい」
「えー? 拓って意外と見栄っ張り?」
「ハハッ、そんなんじゃないよ。ただ一生に一度の贈り物だからさ」
「それはそうだけれど、高くなっちゃうよ」
「そんな事は心配するな。逆にこれだと安すぎるし」
拓はそう言って笑った。
しかし真子は、
(この指輪で十分なのに……)
と思う。
その時、店主がベルベットのトレーを手にして戻って来た。
「お待たせいたしました。ちょうどございました。こちらだと0.7カラットございますので婚約指輪には相応しいかと」
店主はそう言って二人の前にトレーを置いた。
黒いベルベットの上には、燦然と輝くダイヤのリングが載っている。
三日月に抱かれたダイヤは、ショーケースの中の物よりも二回り以上大きかった。
ダイヤの脇には小さな星を模ったモチーフがいくつか散りばめられている。
そして星の中にはメレダイヤが埋め込まれていた。
「素敵!」
真子は目をキラキラさせている。
「よろしかったらどうぞ」
店主はそう言うと、ベルベッドからそのダイヤのリングを引き抜く。
そして真子に渡した。
その時拓にはちらりと値札が見えた。
(うん、大体予算通りだな)
考えていた値段に近かったので、拓も満足気に頷く。
そして、真子がダイヤのリングをはめるのを見ていた。
「あ、ぴったり……」
そのリングは、まるで真子の為に作られたようにサイズがぴったりだった。
真子は嬉しくて拓を振り返る。
それから、
(ねだんだいじょうぶ?)
と声を出さずに拓に聞いた。
そんな真子の問いに、拓は笑顔で頷いた。
結局、真子の指輪選びは先に来店していたカップルよりも早く決まってしまった。
「じゃあこれをお願いします」
「ありがとうございます。イニシャルはいかがいたしますか? すぐに入れられますが」
「真子、どうする?」
「入れて欲しいな」
「承知いたしました。ではこちらにご希望のイニシャルをお書きいただけますか?」
店主はそういってメモ帳とペンを拓に渡す。
拓は、
『T to M』
と書いて渡した。
「指輪は箱に入れますか? それともすぐに着けていかれますか?」
「どうする? 真子?」
「すぐ着けたいな」
「承知いたしました」
店主はニッコリ微笑むと、二人に椅子に案内してから再びバックヤードへ戻って行った。
二人は椅子に座って店内を見回す。
先ほどのカップルはまだ話をしていた。
どうやら二人の間で意見が割れているようで、女性の方が少し不機嫌だった。
「婚約指輪で揉めてるのかな?」
真子がヒソヒソ声で言うと、
「なんかそれっぽいな」
「こんな場面で喧嘩しちゃうと悲しいよね」
「ハハッ確かに。もし俺達だったら一生真子にグチグチ言われそうだもんな」
「うん、多分言うかも」
そこで二人は同時に笑う。
「ねぇ…拓……」
「ん?」
「拓はあと一ヶ月で神奈川に戻るでしょう? そうしたらその後ってどうなるの?」
いきなり真子がそんな事を聞いてきたので拓は驚いた。
もちろん拓はその事についてはちゃんと考えていたが、まさか今聞かれるとは思っていなかった。
「もちろん俺達は結婚へ向かって進むだけだよ」
「うん、それはそうだけれど物理的な距離は? 結構遠いよ?」
そこで拓は、シーッと人差し指を口に当てた。
「今は言わないの! ちゃんと後で話すから。だから今は指輪に集中しろよ。一生に一度の思い出に残る買い物だろう? 俺は真子に今日の事をいい思い出にしてほしいんだ」
そこで真子はハッとする。
拓はこの記念すべき日を、良い思い出として真子に残してあげたいと思っているのだ。
真子は拓のそんな思いに気付き、急に恥ずかしくなる。
「ごめん、拓……」
「反省しているならよろし。真子は昔からせっかちだからなぁ」
「あ、酷い! 拓の方がせっかちじゃん!」
「そんな事ないよ。真子の方がいつも我慢できないだろう?」
拓がからかうように言ったので、真子は、
「ひどーい」
と嘆く。
そこで二人はまたクスクスと笑った。
そんな仲睦まじい二人の様子を、先に来ていたカップルが羨ましそうに見ていた。
それからイニシャルの刻印を終えた指輪が戻って来た。
会計を済ませている間に、拓は真子の薬指にダイヤのリングをはめる。
「拓、ありがとう。一生大切にするね」
「ん、気に入ったのが見つかって良かったな」
「うん」
二人は見つめ合いフフッと微笑んだ。
コメント
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ジュエリーショップリアン(絆)とても素敵なネーミングでまさに拓君と真子ちゃんにピッタリ✨ そして真子ちゃんのデザインの希望が満月の日に再会して星の下でプロポーズの証の婚約指輪💍なんて嬉しすぎるに決まってるよね,拓君🥰👍 そしてあつらえたような月と星のリング💍に出会えて刻印もしてもらって本当に素敵なプレゼント🎁 ちょっとフェイントで真子ちゃんが先走っちゃったのも笑顔で仲直り😄 めでたしめでたし🎊💏