ジュエリーショップを後にした二人は、大通りの交差点にあるカフェに入った。
この日はとても暑く、喉が渇いていた二人はアイスコーヒーとカフェラテを買ってから席へ移動する。
今日はこの後、五時からオープンするビアガーデンへ行くのでそれまでの一時間ここで時間を潰す事にした。
二人は窓際のテーブル席に向かい合って座ると飲み物を飲む。
その合間にも、真子は嬉しくて仕方がないといった様子でしきりにダイヤのリングを眺めていた。
そこで拓が言った。
「真子、さっきの話な……」
真子は拓が何を言おうとしているのかを察して姿勢を正す。
「さっきの続き?」
「うん、そう……」
「いいよ、拓の考えを教えて」
「うん。えっと…真子が北海道で染色を続けたいっていうんなら、俺も北海道へ移住する」
「え?」
真子は驚いた。
まさかしょっぱなからそんな話を聞くとは思ってもいなかったからだ。
しかし拓は驚いている真子に構わず続けた。
「真子はこの自然豊かな北海道で染織を続けたいんだろう? だったら俺はそれを尊重してこっちに転職するよ」
「…………」
真子は拓の強い意志を聞いて黙り込む。
拓は今までのキャリアをあっさり捨てて北海道へ移住すると言っているのだ。
拓の気持ちを聞いた真子は、嬉しいというよりも申し訳ないという気持ちの方が強かった。
そして自分なんかの為に、せっかく築いた拓のキャリアをあっさりと捨てさせてはならない…そうも思った。
「拓…凄く嬉しいよ…嬉しいけれどそれは駄目だよ」
「駄目? どうして? 俺はもう真子から離れるのは嫌なんだよ」
「うん、でも駄目だよ。拓にそんな事をさせたら私が一生後悔しちゃうよ」
真子は思いつめた表情で言った。
「真子は俺と離れてもいいのか? また前みたいに離れ離れになってもいいのか?」
「嫌だよ。それだけは絶対嫌!」
「だったらこれが一番いい方法じゃないか? 俺は設計の仕事さえ出来ればどこでも大丈夫だから」
拓はそう言ってからアイスコーヒーを一口飲んだ。
そして続けた。
「せっかく工房を立ち上げたんだろう? 美桜ちゃんだって真子がいないと困るんじゃないか? 二人で頑張ろうって始めた工房だろう?」
「それはそうだけど……」
真子は言葉に詰まる。
確かに、真子が神奈川に行ってしまったら美桜は困るだろう。
あの工房を一人で回すには無理がある。
秋子さんが手伝いに来てくれたとしても、おそらく一人では無理だ。
「だったら俺の言う通りにしろよ。俺は別に仕方なく転職するっていう訳じゃないんだ。真子と一緒にいる為に喜んで転職するんだ」
拓はそう言って微笑んだ。
そして真子の左手を自分の方に引き寄せると、親指でダイヤのリングを撫でる。
しかし真子はそれだけは駄目だと思っていた。
絶対に拓を転職なんてさせてはならない。
拓が尊敬している涼平さんに誘われて入った事務所だ。絶対に辞めさせてはいけない。
そこで真子は必死に考える。何か良い案はないだろうか?
その時真子は思った。秋子さんに相談してみようと。
秋子さんに相談すれば何か解決策が見つかるかもしれない。
そこで真子は口を開く。
「拓、私ね、工房の事が解決すれば神奈川に帰ってもいいって思ってるんだ。うちの親も帰って来て欲しいみたいだしね。ただ今すぐは無理なの。体験型ミュージアムにも申し込みをしているし、生徒さんもいっぱいいるし…だから今すぐには無理だけれど、絶対神奈川に帰るよ。絶対に帰るから! だから少し時間を頂戴。絶対になんとかするから、だから拓は今の事務所を辞めないで…」
真剣な真子の表情からは、真子が本心を言っている事がわかった。
真子はなんとか解決策を見つけて必ず神奈川に帰ると言った。
今は真子の言う事を信じるしかないのだろう。そう思いながら拓はこう言った。
「うん、わかった…真子がそこまで言うなら真子を信じるよ。まあ遠距離恋愛をするなら短期間でお願いって感じだけれどね」
拓はそう言って微笑む。
その時、感極まった真子が泣き始める。
「バカだなぁ…泣く事ないだろう? 別れ話をしている訳じゃないんだから」
拓はそう言って笑いながら真子の頭をポンポンと優しく撫でる。
「うん…でも……」
「俺は離れていても浮気は絶対にしないから安心しろ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ。真子の方こそ浮気すんなよ」
「する訳ないじゃん」
「そんな事わかるかよ」
「わかりますよーだ」
「ハハッ、浮気したらお仕置きだぞ!」
「え? お仕置きで済むんだ?」
「ああ、俺は真子が浮気しても別れるって叫んでも、絶対に俺の嫁にしてみせるからな」
「フフッ、じゃあ一度くらいしてみよーかなー」
「おうっ、してみろしてみろっ!」
「もうっ!」
真子は涙でぐしゃぐしゃになった顔で拓の腕を叩いた。
そんな真子の泣き顔を、拓は愛おしそうに見つめていた。
コメント
1件
拓君が真剣な思いで北海道に移住を口にしてくれて嬉し悲しだよね(´༎ຶོρ༎ຶོ`) それだけはダメっていう真子ちゃんの気持ちもよくわかる🙂↕️🙂↕️ だからやっぱり関わってる人、工房の秋子さんや美桜ちゃんにも相談ね❣️ そうしたらまたいろんな案が出てきてきっと一番いい策が見つかるよ💡 急がば回れ‼️焦りは禁物❗️少し心に余裕を持って聞いてみようね☺️🌸