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夜の部室棟は静かだった。時計の針が音を立てるのが、妙に耳につく。
鍵の開いていた扉。
待っていたのは蓮司だった。
「──来たんだ」
窓際に腰をかけたまま、蓮司は笑う。
それはいつも通りの、何の含みもないような声色。
けれど、その無邪気さが一番、タチが悪いと遥は知っている。
「なんか言うと思ったけどな。たとえば“やめろ”とか、“ふざけんな”とか」
「……言っても、聞かないくせに」
蓮司は肩をすくめた。
「そりゃそう。だっておまえ、来たじゃん」
「──俺が呼んだわけでもないのに」
その一言で、遥の背筋が凍った。
そうだ、自分で来た。
「壊されるのが怖い」とか、「やめてほしい」なんて言葉は──もう口にできない。
(俺のせいで……日下部が)
(だったら──せめて)
「……何がしたいんだよ」
かすれた声で問うた遥に、蓮司は首をかしげる。
「なにって……おまえが来たんだよ?」
「俺、別になんにもしてないよ」
そう言いながら、蓮司は立ち上がる。
軽い足取りで、遥に近づく。
その距離が、妙に遠く思えた。
「──てか、おまえが“壊されたがってる”んじゃね?」
遥は、瞬間、息を止めた。
胸の奥を鋭利な言葉で抉られたような感覚。
「やめろ……」
「ほんとに? 俺、やめた方がいいの?」
蓮司は遥の頬に手を添えた。
指先が冷たい。そのくせ、焼けるように熱を持っている気がした。
「──痛いのが欲しいなら、ちゃんと痛くしてやるよ」
そう囁いた瞬間、遥の背中が壁に押し付けられた。
制服のボタンが引きちぎられる音が響く。
「声、我慢すんなよ」
「その顔見たくてやってんだから」
押し潰すようなキス。
舌が強引に差し込まれ、噛まれる。味が、鉄のようだった。
「ほら、ちゃんと触ってやるよ。欲しかったんだろ、こういうの」
蓮司の指が遥の身体をなぞる。
痛みすらも快楽に変換しようとするような、乱暴で、的確な支配。
遥はただ、震えていた。
違う。違う。こんなことが欲しかったんじゃない。
(でも──俺が望んだんだ)
(“見ていた”せいで)
(“守れなかった”せいで)
(だから──俺が壊されれば、それでいい)
蓮司の手は、遥の喉元まで這い上がってくる。
「いい顔してんじゃん。……もう、そういう顔しかできなくなった?」
「おまえって、ほんと──わかりやすいよな」
遥は目を閉じた。
泣いてなどいない。ただ、何も見たくなかった。
見れば、もっと深く沈んでしまう気がした。
(……こんなふうに、壊されるために)
(俺は、ここに来たのか)
違う、と心のどこかが叫んでいた。
けれどその声すら、蓮司の指先に掻き消されていく。