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蓮司「テント立てるのって、こんなダルかったっけ」
日下部「……説明書、逆に見てた。ポールの向きが」
蓮司「逆ってお前……。そりゃ入らねぇわ。遥、そっち持って」
遥「……これ、どう持てばいいんだ?」
日下部「上。そこは天井側。逆」
遥「なんで天井が下に落ちない?」
蓮司「物理にキレるなよ」
遥「なんか……全部不安定だな、この構造」
蓮司「そりゃお前が持ってるからだろ。ほら、俺が引っ張るから、そっち突っ込んで」
遥「“突っ込む”って言い方やめろ」
蓮司「……お前それ、わざとか?」
遥「違う。わからないから言ってるだけ」
日下部「……真面目にズレてるのが怖いな」
蓮司「つーか日下部、意外とキャンプ慣れてる? 無口だけど手際いいじゃん」
日下部「家が……昔、登山とかしてたから。親父がそういうの好きで」
蓮司「あー。なるほど、山系の血」
遥「それ……普通の親?」
日下部「普通、って言われたら、そうじゃないかもな」
蓮司「でもまあ、ナイフさばきとか普通じゃなかった。さっきサクッと木削ってたのお前だろ?」
日下部「……癖、かも」
遥「……殺し屋の素質あるな」
蓮司「それ、褒めてんの? 怖がってんの?」
遥「どっちかっていうと、かっこいいと思った」
日下部「……いや、普通じゃないほうが怖いよ、遥」
蓮司「言ってやるな。こいつは“普通”を持ってないのが通常運転なんだから」
遥「持ってないけど……持たなきゃいけないの?」
蓮司「いや? むしろそれで成立してるし。キャラとして」
遥「“キャラ”なのか、俺」
日下部「……いや、そうじゃなくて」
蓮司「いや俺はそうだと思ってるぞ」
日下部「お前は黙っとけ、蓮司」
遥「……あ、珍しい」
蓮司「おっ、言い返された。こっわ」
遥「こっわって、おまえが一番こわいだろ」
蓮司「俺は基本、火加減を見守る係です。暴発するのはそっちの役」
日下部「俺もどっちかっていうと……火傷する側だと思ってたけどな」
遥「俺は……燃えてるのが当たり前だと思ってた」
蓮司「……やっぱ焚き火似合うな、おまえら」
遥「どういう意味だよ」
蓮司「どうって、深い意味はない。雰囲気」
日下部「……でもまあ、悪くないよな。こういう時間」
遥「たしかに、静かなのに……うるさくない感じ」
蓮司「おいそれ、詩人ぶってんのか?」
遥「違う。言葉が……下手なだけだ」
日下部「それは、俺も同じ」
蓮司「……俺だけが語彙力ある、ってことでよろしいか?」
遥「うるさい。火に突っ込むぞ」
蓮司「やめろ。痛みには弱いんだよ俺」
日下部「おまえ、心はドSだけど、身体は豆腐だからな」
蓮司「うまいこと言うな。俺、今のでちょっと感動した」
遥「……日下部がウケたの、初めて見た」
日下部「……そうか?」
蓮司「おまえ、もっと喋ったら人気出るのにな」
遥「喋らないからいいんだよ」
蓮司「へー……珍しくお前が誰か褒めた」
遥「褒めてない。事実を言っただけ」
日下部「……ありがとな」
少し不格好で、ちぐはぐで、でも不思議と火が消えないようなやりとり。
その夜は、静かに深く、更けていった。