テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
足元が、ぐらりと傾いた気がした。
殴った感触が、まだ手に残っている。
頬を打つ、あの乾いた音が、耳の奥で反響していた。
目の前の蓮司は、笑っていた。
ほんの少しだけ頬を押さえながら、興味深そうにこちらを見ていた。
(……笑ってる。俺が……こんなに、壊れてるのに)
胸の奥が、きしむ。
もう限界だった。
張りつめていた皮膚の下で、何かが破裂したようだった。
「……やだ……やだ……」
低く、かすれた声が漏れる。
涙が、ぼたぼたと床に落ちた。
それでも、誰も止めてくれなかった。
当たり前だ。
ここには、自分の痛みに眉を寄せる人間なんていない。
「俺、壊してばっかだ……」
呟くように言ったその瞬間、自分の中に沈んでいた痛みが噴き出した。
「俺が……欲しがったから……っ
俺が、優しさを信じたから……!
……誰も、助けられなかったのに……っ」
肩が震え、言葉が途切れ途切れになった。
「やめときゃよかったんだよ……俺なんか……触れたいとか、思うから……っ
どうして……こんな、俺で……どうして……誰かに……」
手が、視界を覆うように顔を抱えた。
もう、何が涙で、何が唾液で、何が鼻水なのか、わからなかった。
身体の奥から、嗚咽が這い上がってくる。
泣きたくなんか、なかったのに。
(……でも、泣くしかなかった)
誰にも届かない、誰にも寄り添われない、
そんな悲鳴のような泣き声が、深夜の部屋にひびいていた。
蓮司は、何も言わなかった。
ただ黙って、立っていた。
──それが、いちばん残酷だった。
まるで、すべてが「予定調和」だったかのように。
遥が壊れるのも、泣き崩れるのも、
最初からそうなるように仕組まれていた“演出”だったように。
(……やめてくれ)
心の奥底で叫んでも、声にならなかった。
蓮司の笑みが、夜の底でゆらいでいた。