テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
そして二人は次の休日にデートをした。
駅で待ち合わせをして映画館へ向かう。
麻子は少し緊張していたが映画が始まると次第にリラックスしていった。
なぜなら二人が観ている映画はコメディー要素の入ったアドベンチャーものだったからだ。
二人は館内の観客達と一緒に何度も笑い声を上げながら映画を存分に楽しんだ。
映画の後は高層ビルのレストラン街で食事をした。
その時健介は少し高級な洋食レストランへ連れて行ってくれる。初デートなので気を遣ってくれたのだろう。
美味しい食事をしながら麻子は徐々に普段通りの自分に戻っていった。
その日食事を終えた二人は駅で別れた。初めてのデートに相応しい健全なデートだ。
そして二回目のデートも同じような雰囲気で終える。
そしていよいよ三回目のデートを迎えた。
二人はまず最初にスポーツショップへ行きテニス用品を見て回る。
その後はショッピングモールへ移動し色々な店を見て歩いた。
買い物を嫌がる男性が多い中、健介は麻子のウィンドーショッピングに根気よく付き合ってくれた。
健介のお陰で麻子は楽しい時間を過ごす。
そしてその後二人は洒落たイタリアンの店でパスタを食べた。
食事を終え店を出て歩いていると健介が麻子に言った。
「この後、少し飲んでいかない?」
途端に麻子に緊張が走る。
(これってもしかしたら一歩進んだ感じになるのかな?)
麻子は漠然とそう思いながらうんと頷いていた。
二人は駅の反対側にある高層ビル群へ向かった。これから行く店は健介の知っている店のようだ。
店に着くと慣れた様子で店内へ入って行く健介が麻子には大人に見えた。
そして二人はワインで乾杯する。
周りを見回すと麻子達よりも年上の大人びたカップルが多い。
麻子は自分がこの場にいる事が場違いな気がして少し恥ずかしくなる。
しかし健介は全く気にする様子もなく、これまで麻子が聞いた事がないような話をしてくれた。
彼の出身が北海道なのは知っていたが詳しい場所までは知らなかった。
その時麻子は健介の出身が北海道の積丹半島の近くだと知る。
「雲丹がめっちゃ美味いよ」
麻子は雲丹が大好きだったので目を輝かせる。
健介の両親は二人とも臨床検査技師をしていると言った。そして健介には3歳年下の弟がいて四人家族だと言った。
こうして少しずつ相手の事を知って行くのが恋愛なのだろうか?
麻子は健介の話を聞きながらそんな風に思う。
その時ふいに健介が言った。
「麻子はもしかして誰とも付き合った事がないんじゃないの?」
麻子は驚く。
「えっ? なんでわかったの?」
「雰囲気でわかるよ」
健介はフフッと笑い麻子の左手を握った。
そして親指で麻子の薬指を撫でながらこう言った。
「今度指輪を買いに行こうか?」
「え? 指輪? どうして?」
そこで健介が困ったような顔をする。
「そうだな、こういうのはちゃんと言わないと駄目だよな…。麻子ちゃん、僕と付き合って下さい」
健介は麻子に交際を申し込んだ。しかし麻子はびっくりして声が出ない。
「僕じゃ駄目?」
「だっ…駄目なんてそんな…….」
「じゃ、OK?」
「……うん」
真亜子は頷く。すると健介は嬉しそうに「やった」と言った。
それから真剣な眼差しで麻子に言った。
「大事にするから」
「うん……」
麻子は頬を染めて小さく頷いた。
その日家に帰った麻子はなぜか不安な気持ちに苛まれていた。
健介から交際を申し込まれて麻子は承諾した。つまり麻子には健介という恋人が出来たのだ。だから本来ならば喜ばしい事のはずなのになぜか心は沈んでいる。
それは、もしかしたら自分の思い描いていたイメージとは全く違っていたせいかもしれない。
麻子がずっとイメージしていたのは映画やドラマで見るようなロマンティックな出会いだった。
知り合う事のなかった二人がある日突然衝撃的な出逢いをする。運命とも言えるような出逢いだ。
しかし麻子と健介の出逢いは同じ会社の同期から始まりやがて友達から恋人へと発展していくようなよくあるパターンだ。
そこが麻子には引っかかっていた。
(『付き合うまでの過程』がこんなにあっけなくていいの? 流れに任せただけのような出逢いが本当に運命の出逢いなの?)
そんな疑問を持つ。
そして麻子にはもう一つ不安があった。男女が正式に付き合うとなるとスキンシップが必要になる。
今までそういう事には無縁で生きてきた麻子にとってそれは恐怖でしかなかった。そして考えれば考えるほど憂鬱になってくる。
果たしてこんな状態が本当に恋愛と言えるのだろうか?
しかしそんな麻子の気持ちには全く気付かずに、健介はその日以降頻繁に連絡をしてきた。
本来ならば喜ぶべき恋人の好意が麻子にとっては重荷でしかない。
もちろんその後何度もデートに誘われたが、麻子は何かと理由をつけては断り続ける。
そんな日々が続きさすがの健介も何かを感じ取ったのだろう。それ以降健介からの電話やメールは徐々に減っていった。
そしてとうとう連絡は途絶える。
あの日以降二人は二度と会う事はなかった。
その後麻子はテニス部を退部した。
同期の良美はまだ通い続けていたが、麻子は習い事を始めるからという理由で辞めた。
良美は何も言わなかったが麻子と健介との間に何かあったと感じていたのだろう。
だから気を遣ってわざと気付かないふりをしていてくれた。その態度に麻子は救われる。
それからしばらくして、健介が異動する事を社内報で知った。
健介は地元である北海道の支店への転勤が決まった。
その時麻子はホッとしていた。ずっと後ろめたい気持ちのまま同じ関東にいるのは辛い。
だから健介が北海道へ行ってくれれば心の重荷が少し軽くなるかもしれないと思っていた。
そして麻子はそんなずるい自分の考えにほとほと嫌気がさしていた。
それから二年後、麻子は同じ支店の男性行員との結婚が決まった。
支店内での社内恋愛だったので支店長を始め同僚達皆が祝福してくれる。
結婚式を間近に控えたある日、麻子の元に社内メール便で荷物が届いた。
ここ最近他店の同期から結婚祝いが届いていたので、今回も誰かからのお祝いだろうと麻子は思っていた。
(誰かな?)
そう思いながら麻子は荷物を開けてみる。
すると中から木製のオルゴールが出てきた。
オルゴールは可愛らしいメリーゴーランドの形をしている。
それを見た後輩が麻子に言った。
「うわぁ可愛い! 麻子先輩、結婚のお祝いですかぁ?」
「うん、そうみたい。可愛いよね」
麻子はそう言って添えられていた二つ折りのメモを開いてみる。
するとメモにはこう記されていた。
『結婚おめでとう、お幸せに! 小澤健介』
その時の麻子は涙をこらえる事で精いっぱいだった。
とにかく目から涙がこぼれないように必死で耐えていた。
健介は知っていたのだ。麻子が結婚する事を。
きっと同期の誰かから聞いたのだろう。そう思うと麻子は自分の事が許せない気持ちになる。
(なんて酷い事をしたの? 私はなんて酷い事を……)
その時、外回りを終えた婚約者の幸次(こうじ)が店に戻って来た。
幸次はすぐに麻子の方を見たが、麻子が今にも泣き出しそうな顔をしているので不審に思う。
麻子の手元を見ると何かを手にしていた。それはオルゴールのようだ。
結婚後、幸次がその時の事を麻子に問いただした事は一度もなかった。
コメント
12件
本当は健介さんの事が好きだったんじゃないの? 彼をどうして遠ざけてしまったのかな。 恋愛の疑心暗鬼ってややこしいね😔
オルゴールの贈り物🎁何だか切ないです…
社内恋愛は色々と大変💧 いい事や悪い事も・・